■女性理由に土俵下であいさつ「悔しい」 兵庫・宝塚市長
(朝日新聞デジタル - 04月06日 14:58)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=5059654
兵庫県宝塚市の中川智子市長が大相撲の巡業で地元市長として挨拶した際に土俵に上がることを要望するも、相撲協会から認められなかった、ですか。記事いわく、昨年に続いて土俵の下から「女性という理由でできないのは悔しい。伝統を守りながら、変革する勇気も大事なのではないでしょうか」とスピーチを行ったと言うことですが、大相撲において貫かれてきた「女人禁制」の壁に押し潰された人物がまた表れた恰好となりましたね。中川智子宝塚市長は昨年の巡業では土俵下で挨拶していたそうで、市長が倒れた件の舞鶴市(4月4日)の事例があるのなら自分が上がれないはずはないと土俵に上がることを主張し、協会に要請したとか。社民党の衆議院議員の経歴がある人(保坂展人現世田谷区長などと同時期)で、そうした一面から発せられたコメントにも見えますが、かつて、平成2年に森山眞弓官房長官、平成12年に太田房江大阪府知事(いずれも当時)が本場所での優勝力士の表彰に土俵に上がることを目指しながら実現に至らなかった経緯がありましたが、私としてはそれぞれのケース同様、「神事に由来する伝統によって支えられた大相撲ゆえ、致し方ないと思う」と考えます。
しかし、その「伝統」自体がであると否定的に論じる学者がおり、
https://www.google.co.jp/amp/s/news.careerconnection.jp/%3fp=52573&=1
が取り上げる北海道教育大学岩見沢校社会学研究室の吉崎祥司・稲野一彦両教授の共著論文「相撲における『女人禁制の伝統』について」(北海道教育大学紀要、2008年8月)では、大相撲の女人禁制は「明治時代に作られた“虚構”であり、日本書紀には雄略天皇の前で女性が相撲を取ったという記述があるという。室町時代や江戸時代にも、女性が相撲を取っていたという記録が残っている。しかし明治に入ると、近代化や家制度の創設に伴って、女性が相撲から排除されていったという。」としているようで、相撲本来の仕来たりと言う訳ではないとしていますね。あくまで一つの研究の内容で、「だからと言って」とまでは言いにくい面もありますが。
もっとも、舞鶴市の事例は市長が倒れた緊急事態であり、そのような人の生命が関わるケースまでも杓子定規的に「女人禁制」を“錦の御旗”とばかりに巡業会場でアナウンスしたのは、やはり行き過ぎでしょう。ただ、場内アナウンスしたのは各部屋に所属する行司であり、目前の土俵に「上がるはずのない女性がいる」と言うことに咄嗟に反応し、躊躇の余裕もなく反応したのだと思います。当該行司が何部屋の所属かは分かりませんが、師匠の教育や問題意識の在り方など、今後の見直しは急務と思いますね。
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