さっき、次女が中学校を卒業した。
自宅から中学校まで車で15分掛かる。
1年ちょっと前に引っ越しをして、次女は転校せず学区的には異なる学校に通い続けていた。
ぼくと嫁さんは卒業式に出るために車で向かった。
途中、向かうまでの道が何かの事故で冠水し、通行止めになっていて大渋滞。
あまりにも進まないので思いっきり遠回りをして辿り着いた。
卒業式開始が9時、15分程遅刻した。
との事だった筈が始まっておらず9時半開始、全然間に合った。
入場の際、娘が言っていた入場予定の逆側から娘は入場してきて、ぼくらからはほぼ人の影に入り全く見れず。
卒業証書授与の際も大分遠くからなので、表情は見れず。
ビデオカメラは、前回使った誰かが充電器を別の何処かにしまい込んでいて見つけられずバッテリー切れ、映せず。
代わりにipadminiを持って行った。
ぼくは終始次女を見つける事が出来なかった。
嫁さんは退場の際に見つける事が出来たようだけれど。
長女の時は終始見つける事が出来ていたのだけれど、次女に関しては合唱の際もどの時も全く見つける事が出来なかったなあ。
まあ、これで義務教育課程をぼくも修了した。
ぼくが社会へ出た歳でもある。
『これからどうして行けば良いのかわからず不安ですが、未来を信じて云々』
と言う事が良く言われていた。
そう言えばと気がついたのだけれど、これからどうしようと言う事をあまり考えた事が無い。
考えなくともどうしようとせずともどうにかは絶対になるからなあ。
『それがどうなるかわからないから不安』か。
ちょっと良くわからない。
ログインしてコメントを確認・投稿する