夜行獣は毎夜悶える。
アナタは親譲りの財産と充実した創造的な仕事を持ち、有能でハンサムな夫がいる傍目にも幸せな(筈の)女盛り。昔捨てた甲斐性なしの元夫から自分が書いたという小説が送られて(贈られて)来たら、元妻であるアナタは読みますか? それもさすがに私小説ではないけど、家族でドライブ中にならず者に捕らわれ妻子をレイプされた挙句殺された男の復讐の物語を。キモッ、気持ち悪っ、と読まずに捨ててしまってもおかしくない。
しかし、読んじゃうんだよなあ、この映画のヒロインは。今の夫の事業は行き詰まり、その夫は浮気している。親の猛反対を押し切って作家志望の前夫と熱愛の末結婚したものの、母親の予言通りにその結婚はすぐに頓挫。友人(今の夫)に付き添われて胎児を中絶した直後に夫に発覚したというバッドエンドに、ヒロインは数十年ずっと罪の意識を抱えてきた。その心の隙間に、前夫の描いた小説世界が入り込んで彼女の心身を侵していく。それはごくありがちな、通俗的な物語に過ぎないのに。
元夫とは似ても似つかない、否、実はそうでもないのか、小説世界の主人公を、ヒロインは元夫の姿で「再現」してしまう。映画としてはジェイク・ギレンホールが二役を演じるのだが、異なる時空であるはずの、現在、現実の過去、小説世界(劇中劇)が、入り組んで語られていくうちに混沌を増していくのだ。虚栄と退廃に満ちたトム・フォードの美術は迷宮そのもの。
ラスト、棄てたはずの元夫との再会に狂おしく女ごころを時めかすアナタ。どうしてアナタは元夫が逢いに来てくれるなどと一瞬でも思えたのか。アナタはその愚かさに気付いたとき、元夫の復讐は完遂するのだ。
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