必要な時もある。
だが不要な時もある。
いや、どちらかといえば深読みし過ぎる事で、それが痛みになる事さえある。
考えない事は怠惰であり、危険を伴う事でもあるが、流される事はある種、生きる上では理想的でもある。
考えなければ見えもしない。
考えなければ、知る事もない。
考えなければ、安易に越えれる壁もある。
だが、それをしなくなってしまっては、終わりなのである。
だから私は考える。
行動の裏側を。
言葉の内側にあるにある真意を。
そして、その思惑の隠されたベールを剥ぎ取るのだ。
でも、自戒として書いておく。
それは漏らすべきではない。
そっと心の中に封印すべきなのだ。
必要であれば開示はしても、口にすべきではない。
それは新たな問題の発生に繋がるかもしれないし、本当に真実かも定かではないから。
出来れば精査はしても、真意としての発言は禁物である。
あくまで仮説は仮説でしかないし、必要であれば正論をほのめかす程度で。
もっともそれすら火種でもあるのが辛いのですがね。
沈黙は金とは言ったものよな。
誤解があってはならないので書いておくが、雄弁は銀、沈黙は金という風な感じなのがこのことわざである。
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