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2017年07月24日22:58

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陸上自衛隊美幌駐屯地創立66年記念6

 7月17日に行った陸上自衛隊美幌駐屯地開設6年記念、敷地内にある資料館の「北振館」に行くのが最大の目的だった。
位置が分からず、帰ろうかと思い、途中でアンケートを頼まれ、よかった物に北振館とあり位置を聞き引き返しててようやく訪問した。
 陸上自衛隊美幌駐屯地は旧日本海軍の航空隊基地があった。ここの航空隊は日本でもトップクラスの腕前だった。大戦中、イギリス海軍の新鋭戦艦「プリンス・オブ・ウェールズ」が東洋に派遣され、日本軍は陸上から発進させた双発(エンジン二つの大型機)で洋上に展開する戦艦を攻撃することとなった。
 随伴の戦艦「レパルス」、護衛の駆逐艦3隻を陸上から発進し九州の鹿屋航空隊、韓国の元山航空隊と美幌航空隊が攻撃し、美幌は真っ先にレパルスを攻撃、撃墜される機も出ながら爆弾を命中させた。その後の攻撃で2隻の戦艦を撃沈、護衛の駆逐艦3隻は攻撃せず、洋上に投げ出された多数の沈没艦の乗員の救助をするよう合図し帰還した。
 港に停泊する戦艦を撃沈した例はあるが、洋上に展開した戦艦を大型機で撃沈したのは世界初だった。戦争に負け、その功績は歴史に埋もれてるが、事実としてあったことだ。自分の住む地域にそんな歴史があることはほとんどの人が知らないだろう。戦争を美化するわけでも非難するわけでもなく、ありのままの事実として考えたい。


北振館、国道からすぐ横だったが林の陰だ
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入口
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昭和20年代のようす、建物は現在の自衛隊の建物とほぼ同じ。廊下はやはり当時の物だ。V字が滑走路、白い筋にコの字の物は無天蓋(屋根なし)の飛行機を攻撃から守る掩体。土壁を高く積み、飛行機をその中に入れ直撃以外は被害を防ぐことができる
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ちなみに青い線が現在も残る施設の廊下、赤い線は国道、赤丸は田中小学校。掩体は昭和53年の空中写真では畑の中にいくつかあったが現在はないようだ。滑走路は北振館にいた自衛官の話しでは現存しているが演習場になっているとのこと
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カラーの空中写真に写っている滑走路
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施設の写真
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基地の模型
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当時の飛行機のタイヤ
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撃沈した2隻の戦艦、上がレパルス、下がプリンス・オブ・ウェールズ
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当時攻撃に参加した一式陸上攻撃機のタイヤ、ゴムはかなり硬い
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夜間戦闘機「月光」のタイヤ
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発電機
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意識陸上攻撃機の模型。主翼自体を燃料タンクにしていたので発火しやすいと思われワンショットライターと言われたらしい。実際は内側にゴム防弾があったが、火災は起きやすかったようだ。
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美幌航空隊の物のようだ
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九六式陸上攻撃機、美幌航空隊が2隻の戦艦攻撃に使った飛行機。
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飛行服と日の丸に書かれた寄せ書き
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そのほかの軍装の展示
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軍人の所持品と装備品
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一人の航空兵の所持品
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軍刀や軍服の展示
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続く

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