小言幸兵衛という楽しみ

【忘備録的日記です、すんません】

　休日は、お籠り。　神社やお堂にではなく自宅で、三食作って食べながらいぢいぢ用事をするだけだから、ご利益も霊験も期待できないし、気もふさぐ。
　で、合間合間に取りためた演芸を見たりするんだけど、年取って偏狭になってくると、これがまた、ねえ。
　なんか、ちょっとしたアラが気になって、楽しめない。

　たとえば、関西の読売TVが東西の落語家を呼んでやる公開収録番組、『平成紅梅亭』。　今回のトリは、酸素吸入の管をつけて高座へ上がった歌丸師匠。
　外題は「おすわどん」という珍品で、下げも変えたというので期待してたんだけど、まくらで昔からの持ちネタの、お連れ合いの冨士子さんの悪口をやられると、もうだめ。　やになっちゃって、あとが聞けない。
　あのさ、歌丸さんはもう長老。　芝居なんかもしっかり勉強してて、本格の「基準」を示すべき立場にある人でしょ。
　もう、そんなもんで受けをとる必要は、ないでしょう。　ほんとに、小心なんだから。
　しかも、もともと軽妙な芸風じゃないから、木久蔵 （現木久翁） さんの「妻が、マタイ伝」や、故柳昇さんの「妻はハブ年、口に毒を持っている」みたいな、気のきいた洒落になってないんだよね。

　それから、NHK 『日本の話芸』 の福團治さんの「井戸の茶碗」。
　いまや春團治一門を担うこの人の、東京のネタを大阪に移そうという前向きな姿勢には、大いにエールを送りたい。　ただ、その手の試みって、いろいろ難しいんだよね。
　地理的な舞台設定とか、とりわけこの「武士の心根」を礼賛する釈ネタ （講談起源） 噺の場合、武士も武家屋敷も江戸よりはるかに少ない商都の大阪で、どうやって無理なく筋を成り立たせるのかとか。
　そもそも、上のような歴史的事情から、大阪の噺家はさむらい言葉が不得手。　なもんで、福團治さん、耳うるさいくらいに「〇〇なるもの」を乱発しても、結局は悪戦苦闘という印象。　敬語の使い方ひとつとっても （たとえば自分の「殿」にどういう待遇表現を使うか）、あまりうまくいっていない。

　若くして「ペケペン落語」で売れた福團治さんは、「情」とセンスは一級品なんだけど、ことば使いっていうのは、それとは別の「論理」で組み立てられているもので、そして、そっち方面にはもともと万全の人ではなかったって気がする。
　古今亭 （志ん生） ってさ、あれでじつは御家人の孫なんだそうで、その種の土壌が薄い大阪の噺家さんには、歌舞伎に親しむとか、台本作家の手を借りるとか （雀三郎が「芝浜」を大阪に移すのに小佐田定雄さんの手を借りたように） しないと、こういう噺はうまく上方化できないと思う。

　あと、東京／上方を超えて、噺自体の設定が、今の時代には合わなくなっている。　浪人が一人娘を会ったこともない細川藩士に「やる」といい、その藩士も「もらう」という。　当の娘の意志はどうなってんの？
　現代人にとってはどうしても引っかかるところで、それに対処するには、「武士の倫理」とそれがまだ息づいていた時代をよほど説得的に描き出すか、それとも、古今亭円菊さんみたいに、徹底的にデフォルメしてギャグマンガ化してしまうかの、どちらかしかない。
　福團治さんの演出は、その点中途半端。　娘の存在感を薄くすることで無理を小さくしているのかもしれないけど、でもさ、下げのためにも、最後を「めでたしめでたし」にするためにも、浪人の娘 （美人であるだけでなく武士の娘としてしっかり育てあげられている） の存在は欠かせない。
　そういう意味で、じつは、２１世紀に生き残るには、難しさを孕む話なんだよね。　（故志ん朝さんは、あの素敵な明るさとテンポの心地よさで、聴き手にそんなことを考える余地を与えず、トントントンとオチまで突っ走ったものだったけど。）
　いやさ、中堅以下の人がこれをやったのなら、ただもう拍手だけど、ほかならぬ福團治さんの、NHKの録画用の口演となると、つい、いろいろ言いたくなるんだよね。
　
　このままでは、単なる小言幸兵衛なので、ハートマークのP.S.をひとつ。
　春風亭一之輔さんがブレークしてるみたいね。　うわさ通りの逸材だと思う。　（ていうか、年間600席だか800席だかとかって、40前の体力だからできることなんだろうけど、超人的。）　 小三治さんが惚れこんだという無愛想さ。　あれって、東京落語になくてはならない七つの味のうちの一つだよ （あとの六つは？ ですか？、すんません、いま出来心で「七」と書いただけなので、裏は花色木綿です）。
　素がネクラというのも、いい。　枝雀さんも、小三治さんも、志の輔さんも、あのタイプの芸人さんは、皆ネクラ。
　生で観てみたいけど、切符の入手はえらく困難みたい。
　意外と寄席が、ねらい目かな。