mixiユーザー(id:12410478)

2017年01月23日11:09

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宗教について

昨日、マイミクさんからメールを頂戴し、あれこれと考えました。

第一第二パラグラフは、読みにくいと思いますので、スルーしてくださって結構です。

宗教とはなんであるかは、多くの定義があります。
マックス=ミューラーの、「無限なるものを認知する心の能力」というものや、
シュライエルマッハーの、「ひたすらなる依存感情」。
デュルケームの「人間の生活世界を聖と俗とに二分すること」
などです。

たくさんありますが、一番大きな違いは、日本流にいうと、「本尊」の問題でしょう。
シュライエルマッハーは、「神と人間の動的な一致」などと述べていますし、「依存」とはこの場合、人間以外の超能力的なものへの依存です。ですから、本尊はなければなりませんが、他の場合は、本尊があってもなくても構わないと思います。

そこで、いろいろ考えました。

1 靖国神社
ミューラー、デュルケームの定義を採用すると、明かに宗教です。したがって、政治に関与しては行けません。
また、シュライエルマッハーに従うと、戦死者である英霊が本尊だということになります。
以前にも書きましたが、
刑死者の共同墓地にすら立っていらっしゃる、観音様を拝むのは、正常な宗教です。「何で観音様は、連続強姦殺人鬼のところに立っておられるのか」などと思う人は、いないでしょう。
しかし、機械的にリストが送られてくる戦死者を拝むのは、正常な宗教とは言えません。異様な祭り方です。東郷神社などとも、ニュアンスがかなり違います。

2 禅は宗教か
問題は、宗教の定義に争いがあるという点です。物差しがおかしいのに、この品物の寸法は変だ…などと言えるはずがありません。

3 「日本の宗教」「日本人の信仰」
こんな一般化など、できっこないです。
敢えていえば、(だから仏教が素晴らしいという主張をするつもりはありませんが)、キリスト教と比較して、教義を理会するハードルが高いです。
にもかかわらず、何もわかっていないような人が、怪しげな論を展開する…という現象があるのは、残念なことです。
まあ、教義の整理をしてこなかった既存の仏教や神道の責任も大きなものがありますが。
とりわけ、日本をシンボル化する言説と、日本の宗教を結びつけるのは、ことごとくインチキです。
中世の浄土真宗、曹洞宗、日蓮宗、戦前の大本などは、脱日本、反政権がレゾンデートルの大きな一部でした。
天皇教などというものを考えるなら別ですが。しかし、もし、そうしたら近代以降の新興宗教ということになるでしょう。
それから、いわゆる大学者の言説ですが、非常に跛行的です。私の職場にも学者として偉い方がいます。専門ジャンルは素晴らしいですが、その他の面では普通の先生であるということが多いです。たとえば、白川静や加地伸行。尊敬するべき大学者です。しかし、政治的言説がはたしてどうかは、疑ってかからなければならないところです。万能の大学者というものは、いることはいますが、極めて少数です。

結局のところ、論理の問題です。
論理の間違いは、宗教の問題に端的に現れるようですね。
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