大谷刑部の辞世です。
ポイントは、上の句。
特に、
未然形+ば
六の巷
です。
仮に訳します。
もしもお主が、「死ぬときは一緒だ」という約束を反故にしていないなら、
閻魔大王の裁きを待つ、六の巷で待ってくれ。しばらくでいい。
どちらが先になるかわからないが。
大谷吉継は
1 約束は、互いの気持ちで成立するものであり、相手の立場に立てば、破るということは無理からぬところである。
2 そういう可能性も含め、友情は友情だということ。
3 地獄に行くか、天上に行くかは、相手についてははもちろん、自分についてもわからない。
そういうリアルな目を、徹底的に持っていたということ。
心打たれます。
「オレは正しい」「オレの後輩のアイツも正しい」
それだけの現代人の大半は、お子様です。
仮に、刑部が歌に詠んだ、六の巷があったら…
為広(刑部が辞世を贈った、共に戦った仲間) 「刑部様! いらっしゃいましたか! 拙者、今や今やと待ち申しておりましたぞ。」
刑部 「まことに、かたじけない。ワシが遅れたようだ。」
為広 「…これからどこに行くかわかりませぬな。」
刑部 「関ヶ原のいくさより、わからぬ。拙者が無間地獄で、そちが天上やもしれぬ。」
為広 「さかしまかと申し上げようと思いましたが、もう、礼も人倫も越えた六の巷でございます。お世辞などは意味がありませぬな。」
刑部 「左様、逆やもしれぬ。わからぬとはこのことぞ。」
鬼 「コラ、紀之介とやら、通称、大谷刑部。その方だ。閻魔大王がお待ちである。別れはそのくらいにせよ。」
為広 「これぞ、今生の別れでござるな。」
刑部 「然り。さらばぞ。」
…という会話を交わしたことでしょう。
【真田丸】片岡愛之助も衝撃「関ヶ原のロケ楽しみにしていたのに…」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=4197949
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