増補改訂版 追跡・アメリカの思想家たち
会田弘継著
中央公論社
アメリカ大統領選挙は、ややリードしていたクリントン氏に健康問題が発生して、にわかに混沌度を増してきました。トランプ氏が健康診断書を公開したニュースを見て、先の東京都知事選での「がんサバイバー問題」を思い出した人も多いかと思います。確かに政治家にとって健康は大切なアピールポイントですね。都合が悪いとすぐ入院しますけれど。それと、現在の日本では、健康状態よりも国籍の方が重要視されるかもしれませんね（笑）。
本書は、２００８年に新潮選書から出版された「追跡・アメリカの思想家たち」に、トランプ現象についての章等を追加して文庫化されたものです。この手の書籍では珍しく、著者は研究畑出身ではなくジャーナリストで、思想家と実際に交流するなど、人間的な面や社会的な状況も重視しています。また、思想といっても、政治経済社会の分野だけでして、存在論や認識論等の分野は扱っていません。
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アメリカでは「保守思想家」とされたハイエクの説明を噛み砕いてたどってみよう。ハイエクは、自分は保守主義者といわれるが、実はリベラル（＝自由主義者）なのだと弁解する。そうした混乱はいくつかの理由があって起きている。政府権力の拡大を防ぎ、個人の自由を守り、広げていく立場は自由主義＝リベラルで、これは古い王権などにしがみついて変化を嫌った保守主義と対立していた。つまり、保守とリベラルは対立していた。ところが、そこに過激に改革を進めようとする社会主義があらわれた。リベラルは改革を嫌うわけではないが、社会主義的な過激な改革には反対する。そこで、リベラルはしばしば保守と組んで、社会主義者らが過激な改革を追求するのを押しとどめなければならなかった。これが一九世紀ヨーロッパの状況だ。
西ヨーロッパはいまもそうした状況だといえるだろう。保守政党と自由主義（リベラル）政党が組んで、社会民主主義勢力と対抗する。リベラルは保守勢力の一角にいるように見える。ネオリベラル（ネオリベ）なとどいって、古典的な自由競争などの自由主義政策を右翼とみなして批判するのは、社会主義的立場からだ。でも自由主義は保守ではない。保守主義・自由主義・社会主義は、この順番に右から左に並ぶのではなく、それぞれが三角形の頂点にあるようなものだ、とハイエクは言う。
（中略）
アメリカはヨーロッパの自由主義思想のもとで生まれたから、自由の伝統を保守するものが保守主義である。ハイエクがアメリカにわたった一九五〇年頃は、自由主義者である彼は保守主義者（コンサーバティブ）とされた。すでにしてねじれているのに、そこに主に戦後になってヨーロッパ型の（王党派的）保守主義を持ち込んだ人々がいた（たとえば、本書で取り上げたラッセル・カークら）。アメリカ保守主義派自由主義とヨーロッパ的保守主義の連合体になっていた。
さらに混乱を助長したのが、リベラル（自由主義者）という呼称だ。大恐慌のころから、アメリカで社会主義的政策を目指す人たちが、アメリカ自由主義の政府主導による立て直しを図った。「大きな政府」の時代だ。それを実施した民主党の人々が、自分たちこそ自由主義を守るリベラルだとして、自らをそう呼んだ。リベラルの意味が変わった。それは今日まで続いている。大きな政府で福祉拡大などを求めていくような人々は、実は個人の自由や財産を犠牲にしても（つまり税金をたくさん取っても）、貧困対策や医療保険制度などを充実していく。それは遠回りだが個人の自由の拡大につながるからリベラルだというのだ。
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もう、何が何やら分かりませんね(>_<)
そんな事を言ったら「他国に占領されたら自由な生活を奪われるので、徴兵と重税が遠回りだが自由の拡大につながるからリベラル」という論も成り立ちます。軍靴の音が聞こえてきました。
日本の場合には、これら３つの立場に「親米」「親中」「新ロ（新ソ）」「国粋」などといった属性が付加されて立体的な構造となりますね。日本では、政治的立場を「私は○○主義です」と表明する事は危険です。お互いに時間をかけて言葉の定義を確認しないと、まず間違いなく誤解されます。実際は日本人のほとんど全員が広義の社会民主主義者のはずなのですけれど。
まあ今回の大統領選挙では、どちらの陣営も社会民主主義的な大きな政府、格差縮小を提唱していますので、今のところはリバタリアンの肩身は狭いように見えます。それがポピュリズムだとも言えますけれど、ポピュリズムについては、以下の興味深い考察がありました。
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（前略）
さらに留意しておきたいのは、ホーフスタッターがまだ「ポピュリズム」という言葉の生まれる以前のアンドルー・ジャクソンの時代にアメリカのポピュリズムが始まったと指摘していることの含意だ。（中略）トクヴィルは地球上に初めて現れた近代民主主義国家において「平等」の不可逆の前進を確かめるとともに、まだ政府の力が広大な国土に及びきらない時代に人々が自発的に「結社」をつくってさまざまなことを運営していく姿に驚嘆した。同時に、アメリカ民主主義のネガティブな側面も注視している。物質的幸福の追求への反動としての「熱狂的でほとんど野蛮な霊的熱狂（スピリチュアリズム）」、「ありふれた宗教的狂気」などが一例である。ホーフスタッターがポピュリズムを定義する際に、アメリカ政治に備わる「風土的とでもいうべき大衆的衝動」を挙げる時、「風土」として前提されているのは、こうしたトクヴィルの論述に沿ったものであると考えていいだろう。
（前略）つまり、アメリカ型ポピュリズムとは、�｜羆�に対する地方の反感、�▲┘蝓璽箸紡个垢詭噂阿糧森魁Σ�疑、�Ｇ啌暗�土着主義（ナティビズム）、�ぐ貭蠅粒弯契�、�シ觴匈搬腓寮�向、��宗教的熱狂 ― が、「（アメリカの政治伝統において）風土的ともいうべき大衆衝動」のかたちをとって表現される現象と定義できよう。これら六項目は、当然同じ比重が置かれているわけではなく、特に��の「ナティビズム」、�い痢岾弯契�」の二項のうち前者が強く表れる場合を「右派ポピュリズム」、後者が強く前面に出て��は弱い場合を「左派ポピュリズムとして、本章を進める。「トランプ現象」は、�，陵彖任箸靴董�共和党主流派も含めたワシントン政治への強い反感を示し、�△陵彖任任蓮屮櫂螢謄�カル・コレクトネス（政治的に正しい表現）」などのエリート文化をまったく意に介さず、「暴言」の限りを尽くして庶民の喝采を浴びている。��による移民排斥はいうまでもない。さらに経済的排外主義の対象に中国だけならまだしも、日本までも挙げている。にもかかわらず、�い粒弯契�として、財政出動による道路などインフラの整備し直しや医療保険・社会保険の重視などで共和党本流「小さな政府」と逆の主張を繰り広げている。（以下略）
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いやあ、大統領選挙の報道を見ていると、ぴったり当てはまっていますね（笑）。
日本の場合でも、小泉純一郎氏や橋下徹氏らポピュリストと呼ばれる政治家がいくつかの手法を利用しました。この二人の正体はネオリベでしたが、そもそもトランプ氏も不動産王ですから、ポピュリストが実はどんな連中なのかバレバレですよね。
こんな感じに、リベラリズム、リバタリアン、共同体主義、保守、といった各分野の思想家を取り上げて、著者が特に親交が深いとしているフランシス・フクヤマの思想の変遷を辿り（フクヤマについてはちょっとホメ過ぎのような気もします）、アメリカの思想を網羅しています。それぞれの思想内容については深く掘り下げてはいませんので、政治思想や経済学に詳しい人は最後のトランプ氏に関わる部分だけ読めば良いかもしれません。
誰がアメリカの大統領になるのかは、世界中の人々の生活に大きな影響を与えますので、本書等を読んで政策や選挙手法に対する理解を深めつつ、大統領選挙の行方に注目しましょう。
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