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2016年08月27日03:08

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『河神の誘惑』第4話

『河神の誘惑』第4話

「あの…アケローオス様、水魔退治のことですが…」
「ああ。いつまでも昔話をしていても仕方ないな。そちらを片付けるか」
 河神が腰を上げた。
「こっちだ。来てくれ」
 サガとカノンは顔を見合わせてうなずき、立ち上がった。カノンが双子座の聖衣を装着して戦闘態勢を整える。
「最近、女部屋(ギュナイケイエ)の奥にちょろちょろと変な奴が出るようになってなぁ」
 古代ギリシャの家屋は男性が生活するスペースと女性が生活するスペースが明確に分かれていて、女性は「ギュナイケイエ」と呼ばれる女部屋の中で過ごすのが普通であった。アケローオスの館もその構造にのっとっており、ニンフたちの過ごす女部屋は屋内にあるかんぬきの掛かった扉で区切られ、男部屋とは別の区画になっていた。
 アケローオスが双子たちを案内したのは、これまた古代ギリシャでは伝統的に女性の仕事だった機織りの織機がずらりと並んだ部屋だった。
「この部屋だそうだ。織機に張った糸を切られるので皆が困っているらしい」
 と、その時、織機の陰で黒い物体がうごめいた。
「…いた!奴だ!」
 ちょろちょろと床を動き回るのは、トカゲに似た青黒い水魔だった。普通のトカゲと違うのは、尻尾の先が二股に分かれていることと、足が四本ではなく六本あることだった。
「サガ、カノン、捕まえろ!」
 言われて、床をはい回る水魔を双子たちは慌てて追った。水魔はすばしこく、二人の黄金聖闘士の手先を巧みにすり抜けて逃げていった。
「…この、ちょこまかと!」
 カノンが何とか水魔をつかむ。が、水魔の体は粘液に覆われており、ずるりと滑って取り逃がしてしまった。
 アケローオスが異空間から一本の槍を取り出した。そして。
「…とりゃ!」
 掛け声とともに、槍の柄が水魔の体に叩き付けられる。
「サガ、そこの籠!」
「はい!」
 部屋に置いてあった、織り上がった織物が入れてある籠をアケローオスが視線で示して指示を出す。
 槍の柄で床に押さえつけられて動きを封じられた水魔に、サガが織物を取り出して逆向きにした籠をすっぽりとかぶせた。
「アテナの封印の札は持っているか?」
「はい。出かける前にいただいてきました」
「よーし、じゃあこの籠の中に閉じ込めて…」
 水魔の入った籠を手近な織物でぐるぐる巻きにすると、アケローオスはその上にアテナの封印の札をぴたりと貼りつけた。
「これでよし、と。あとは適当な地で改めて封印を…」
「…ちょっと待て」
 と、カノンが言う。
「もしかして…暴れていた水魔って、これのことか?」
「そうだが」
「……」
 しばらく沈黙していたカノンは、やがて怒りを爆発させた。
「アホかーっ!黄金聖闘士を二人も呼んだ意味が全然ねーじゃん!ゴキブリ退治と変わらねーじゃねぇか!こんなもん、てめぇ一人で何とかしろよ!」
「だって水魔退治は口実で、お前たちに会いたかっただけだし…」
「こっちは黄金二人も呼ぶくらいだからどんだけ危険な水魔かと覚悟してだな…!重い聖衣を担いでわざわざこんな遠方まで来たんだぞ!おれたちに会いたいだけなら最初からそう言えよ!っつーか、そっちから聖域に来いよ!」
「え〜。だってアテナにお前たちとの関係を説明するの面倒だし、あの姪はちょっと怖いし」
「そこで変に怠けてんじゃねぇ!!!!」
「…カノン」
 どうどう、と、荒ぶった馬を取り押さえるかのようにサガが双子の弟の肩に手を置いてなだめた。
「その辺にしておけ。失礼だ」
「うう…」
 まだ不満そうにしているカノンに、アケローオスは明るい笑顔を見せた。
「ま、水魔退治も終わったし、お前たちにも会えたし、おれとしては大満足だ。お前たちならいつでも歓迎するぞ。また遊びに来い」
「こんなド田舎、二度と来てたまるかーっ!」
 カノンの怒声と河神の笑い声が館の中にこだました。
 こうして水魔退治を終えた双子は、「土産に持って帰れ」と河神の天界にある荘園で採れたというオレンジを一袋持たされて、聖域に帰って行ったのだった。

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