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2016年08月07日19:18

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【ブックレビュー】この世界を知るための人類と科学の400万年史

この世界を知るための人類と科学の400万年史
レナード・ムロディナウ著
水谷淳訳
河出書房新社


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 今日の我々がどこまで進んできたかを俯瞰し、今後どこへ進んでいくかを理解しようとするには、自分たちがどこからやって来たのかを知らなければならない。文学や数学、自然科学やさまざまな学問など、人類の学問史における大きな功績の数々は、まるで互いに何の関係もないかのようにそれぞれ別々に説明されることが多い。しかしそのようなアプローチは、木を見て森を見ないようなものだ。それだとどうしても、人類の知識の一体性がないがしろにされてしまう。たとえば現代科学の発展は、ガリレオやニュートンといった「孤高の天才」の営みとして語られることが多いが、けっして社会的文化的に何もないところから突如現れたわけではない。それは、古代ギリシャ人が編み出した知識の獲得法によって生まれ、宗教が示した数々の大問題によって成長した。芸術の新たな方法論とともに発展し、錬金術から得られた数々の教訓に彩られた。そしてまた、ヨーロッパの主要な大学の発展から、近隣の都市や国同士の結びつきを強めた郵便制度といった世俗的な発明に至るまで、さまざまな社会的進歩がなければ起こりえなかっただろう。そもそもギリシャの学問も、それ以前のメソポタミアやエジプトなどの人々による驚くべき知的進歩から芽生えたのだ。
 このような影響や結びつきが存在するため、人類がどのようにしてこの宇宙を理解するようになったのかは、個別のエピソードをただ集めただけでは説明できない。優れた小説のように、人類の夜明けから始まる首尾一貫した物語として、各章が密接にからみ合っているのだ。本書では、この発見の旅路をいくつかに絞ってご案内していこう。
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 著者は、物理学の研究者から脚本家・ゲーム製作者へ転身しつつ科学書を執筆し、大学に戻って教鞭を執るという異色の経歴を持っていて、スティーブン・ホーキングとの共著でベストセラー「ホーキング、宇宙のすべてを語る」「ホーキングが語る『宇宙のすべて』」を出版しています。発売当時に読んだはずですが、すっかり忘れていました(>_<)
 冒頭の引用にある通り、いわゆる科学史の教科書ではなく、ストーリー性を重視して(なんと言っても、新スタートレックや冒険野郎マクガイバーの脚本を書いていたので!)、ユダヤ人迫害に遭った、学歴はないけれど洞察力や思考力に優れた著者の父親とのエピソードを交えて、易しく分かりやすく物語を展開しています。
 また、科学の誕生以前の、種としてのヒトが生活の技術や世界を理解しようとする知能を獲得する過程から物語をスタートさせているのも特徴的です。


 近代までの科学史については、アリストテレスの業績を認めつつ、「アリストテレスが伝統的な考え方に忠実だったことこそが、今日の科学の方法論とアリストテレスの方法論との最大の違いでもあり、アリストテレスの自然学の最大の欠点だった」と、科学の各分野でアリストテレスの、特に目的論的世界認識の影響を乗り越える事が重要だったとしています。


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 自由落下も軌道運動も互いに同じ力と運動の法則の実例であると証明されたことで、天界と地上は異なる世界であるというアリストテレスの主張は否定され、それがニュートン最大の勝利の一つとなった。ガリレオの天文観測では、ほかの惑星も地球とほぼ同じ特徴を持っていることが明らかになったのに対し、ニュートンの研究は、自然法則(原文は法則に傍点)でさえほかの惑星にも通用し、地球という惑星に特有のものではないことを証明したのだ。
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 アリストテレスは、すべての生物は神の知性によって設計されており、非生物と違って、死ぬと身体から離れる、または消える特別な真髄を持っていると考えた。そして、生命の設計図の頂点に位置するのが人間であると論じた。(後略)
 このような伝統的だが間違った考え方が衰退することによって、現代的な生物学が誕生する舞台が整った。伝統的な考え方に勝利した初期の重要な成果の一つが、生物は塵のような非生物から発生するという、自然発生と呼ばれるアリストテレス生物学の原理が否定されたことである。
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 このように、科学史においてはアリストテレスの自然科学を否定する事が重要な進歩だったとしています。
蛇足ですが、アリストテレスの形而上学の影響を大きく受けたキリスト教とイスラム教が依然として不動の勢力を誇っている(どころか拡大している?)のとは対照的ですね…。


 近代までを振り返った第1部と第2部に続き、最後の第3部では、著者の専門分野である量子論を中心として、人間ドラマも織り込んで(笑)現代科学について語っていて、とても読み応えがあります。ハイゼンベルクやシュレーディンガーやアインシュタインやボーアやプランクらヨーロッパの科学者達とナチスや第二次世界大戦との関係は、遺伝子操作や人工知能などの関連で科学者の倫理が問われている現在こそ、改めて考察すべきではないかと思います。

 また、第2部までは、レンズや数学等のツールが発達した結果、それまでは見えなかった物が見えるようになった、計算できなかった事が計算できるようになった、という一種の連続性を持った科学の発展でしたが、第3部では、五感では決して捉える事ができない世界が現実のものとして受け入れられるという量子論の特殊性が、人間の考え方や人間存在そのものへ与えた影響の大きさを実感すべきだと思います。まだあまり一般的ではないかもしれませんけど。


 最後に。おそらく、本書のテーマの一つが、科学者や現代人に対する、以下の警鐘だと感じました。


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 たとえば有名な話として、ハーヴァード大学の学科長は、重要な事柄はすべて発見し尽くされていると説いて、見込みのある学生たちを物理学の世界から追い払った。大西洋の反対側では、ミュンヘン大学の物理学科長が一八七五年、「物理学はほぼ完成している学問の一分野なので、これ以上深入りする価値は無い」と諌めた。
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 勝ち誇ったニュートン的世界観は、適切な数学的計算をすればあらゆる自然現象を予測して説明できることを約束し、それに触発されてどんな分野に取り組む科学者も、自分達の分野を「ニュートン化」したいと考えた。しかしそうした野望を、二〇世紀前半の量子物理学者は消し去った。
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 しかし人類はここまでたどり着いたものの、何か最終的な答えに近づいていると考えるのはほぼ確実に間違っている。そのような間違いは歴史を通じて何度も繰り返されてきた。古代バビロニア人は、大地は海の女神ティアマトの亡骸から創られたと信じていた。それから何千年ものちにギリシャ人が自然に対する理解を驚くほど前進させると、ほとんどの人は、地上世界のすべての物体は土と気と火と水が組み合わさってできていると信じて疑わなかった。さらに二〇〇〇年が経過するとニュートンの信奉者たちは、原子の運動から惑星の軌道に至るまで、これまでに起こった、あるいはこれからおこる事柄はすべて、原理的にはニュートンの運動の法則を使って説明して予測できると信じた。いずれも強く信じられた信念で、しかもすべて間違っていた。
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 はたして今日われわれは、ホーキングが数十年前に予測したように、自然に関するあらゆる基本的な疑問に答えられる瀬戸際まで来ているのだろうか?それとも一九世紀初めのような状況にあって、我々が正しいと考えている理論はやがてまったく異なる理論に置き換えられるのだろうか?
 科学の地平線の上には、後者のシナリオかもしれないことを示す暗雲がいくつも立ちこめている。生物学者はいまだに、地球上でいつどうやって生命が誕生したかも、地球に似たほかの惑星上でどうやって誕生しそうかも知らない。有性生殖がどのような選択的優位性によって進化したのかもわかっていない。中でもおそらくもっとも重要なのは、脳がどのようにして心の経験を生み出しているかがわかっていないことだろう。
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 仕方のない事だとは思いますが、私達はだれでも、今現在が歴史の最終地点だと誤解しがちです。著者が繰り返し指摘しているように、科学者も同様です。自然科学だけでなく、ベルリンの壁が崩壊した時に、リベラルな民主主義の凱歌として「歴史は終わった」とブチ上げた政治学者もいましたね。


 本書は、科学史の側面から見つめた人類史でもあります。人類史上、最も便利で安全で快適な現在ではありますが、進歩の終着点であるかのような傲慢な錯覚に陥らず、謙虚かつ前向きな気持ちを忘れずにいたいと思わせます。その意味では、高校や大学へ進学する若い人へ進学祝いとしてプレゼントするのに適した一冊かもしれません。

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