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2015年11月16日18:11

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ISISとイスラム教との関係をどう考えたらよいのか?

金曜日のパリの惨劇を受けて「ISISとイスラム教との関係をどう考えたらよいのか?」と題する特集記事が昨日のワシントンポスト紙に載っていたので概略ご紹介します。
筆者はWill McCants、NYのブルッキングス研究所の「アメリカとイスラム世界との関係」の研究を率いる、著名なイスラム教研究者です。
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金曜の夜の悲劇的なパリ襲撃テロで、ISISとイスラムについて新たなる議論が巻き起こっている。議論の核心は「イスラムの教義はISISの暴力行為を容認しているのだろうか?」

ここで確認しておかねばならないのは、イスラム教の教典・教義と一口に言っても、それは非常に膨大で広範多岐にわたっていることだ。つまりコーランだけではなく、ムハンマドが語ったと称して後世に書かれた膨大な教典がある。あたかもキリスト教研究者が福音書に書かれていることの真意は何かを議論しているように、イスラム教学者もこれらすべての教典を研究している。

イスラム教典は膨大なだけでなく、互いに矛盾した記述が山のように出て来る。
例えば、キリスト教徒は同じ信仰の仲間だと賞賛しているものもある一方で、異教の徒だと軽蔑するといった具合だ。
これらの厖大な矛盾を読み解こうとして、初期のイスラム教では無数の宗派が林立。その中でも最も極端な厳格主義の宗派にISISは属している。始めからイスラム教典を不寛容な思想と理解しているのだ。

イスラムの教典には、宗教上の不寛容を正当化しているとも考えられる記述だけでなく、暴力を正当化する記述も少なくない。ムハンマドは宗教国家樹立のための戦争を起こしている。彼は異教徒と戦い、異端者を殺させ、捕虜を処刑した。かれのやってきたことを見ると、同じように自分たちの宗教国家を造ろうとした古代ヘブライ人(ユダヤ人、イスラエル人)と多くの共通点を持っている。
そして、もちろんシリアとイラクに「イスラム国」を勝手に樹立しようとするISISのバグダディも同じだ。

それでもなお、ムハンマドは今のISISのリーダー、バグダディとは違う。少なくともムハンマドは異端者に寛容であったこともあり、敵対者と和解し、不信心者と協力して国造りした形跡もある。ムハンマドの業績の内、このような部分を、ISISは現代には通用しないとものとして故意に黙殺している。その証拠はヨルダンのパイロットを火あぶりで殺したことだ。ムハンマドは、異端者を火あぶりにしてはならぬとはっきり禁じている。ISISはその教えに背いたことになる。
この背信行為の非難に対して、敵が行った行為と同じような暴力で敵に報復することをムハンマドは認めている記述もあるとISISは反論する。

ここでパリのテロ事件が持ち上がってくる。
ISISはこの論理で、テロの正当性を主張するが、多くのイスラム教徒は、暴力は教義とは合わないと言うだろう。
もしムハンマドが今生きていたら、ISISのこのような暴力行為を容認するかと聞かれたら、イスラムの教典やムハンマドの生涯の研究に半生を捧げてきた私としては、NOと言わざるを得ない。ムハンマドは、戦闘員でない一般市民に対する暴力を一貫して否定しているからだ。

果たしてISISは、イスラム教典の中やムハンマドの言動記録の中から、自分たちの蛮行を正当化する記述を示すことができるだろうか?
最終的には、ISISが教典に忠実であるか否かはイスラム教徒自身がきめる問題だと思う。

イスラム教徒でない者としては、暴力に関するイスラム教典の記述には多くの矛盾があることを知り、その矛盾をISISのやり方とは全く違う方法でムスリム自身が読み解くことを願うことで充分であろう。

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