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2015年11月09日17:53

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『声の事件簿』男声編

 僕は歌いながら散歩している。男声を出しているときと女声を出しているときとでは周囲の様子がまるで違うのだ。そんな男声の話をしたい。
 
 元来、僕には音の高低も判らなかったし、楽譜も読めない。しかも楽器演奏は何一つ出来ない。つまり天才的な音痴だったのである。
 音痴のだから、最初は男らしい声を高音だと勘違いしていた。

 あるときネットで音楽会社がネットに掲載する歌手を募集していた。『守ってやるぜ』という歌だった。歌詞があってカラオケが提供されていたから歌った。歌ったらその音楽会社から「奇特な声ですね」と絶賛されて掲載されてしまった。
 後日、本物の歌手が模範歌謡を歌っていた。歌詞は同じだが僕の歌唱とはメロディが全く違っていた。それは僕が曲をきちんと聞けてなかったからだった。
「とても下手だから掲載を取り消してください」とメールしたら「弊社が倒産するまで消しません」と回答された。仕方がないので模範歌謡を真似て猛練習して差し替えてもらった。
 そのとき明らかに音の外れた歌声をどうして絶賛するばかりか掲載したのか不思議だった。

 千葉県の作詞と作曲をなさるアマチュアの先生にも、僕のこんな声が気に入ってもらえた。それでその方の作品の『夢ひとすじ』を歌唱するリクエストをもらった。入門から苦労して十七年も掛かって関取になった力士をモデルにした歌だった。
 歌ったら褒められた。どうせ歌声は音程が狂っているはずなのに褒めるなんて変だと思った。
 
 自宅から七キロほどの場所に温泉がある。皮膚病に良いらしいので何度か行った。ある日のこと男湯の湯船は満員だった。そのとき湯船の中でバリトンの声を出す人がいた。それで僕も釣られて別の歌を歌った。そうしたら突然湯船の中は僕だけに変わった。
 湯船に入っていた客は全員が湯船の外へ出てしまったのだ。なぜだろうと不思議に思った。

 カラオケ喫茶でヤクザ風の男に絡まれたこともある。
「兄ちゃん。俺と声の勝負をしようぜ。歌は『唐獅子牡丹』だ。俺が一番を歌うから兄ちゃんは二番を歌え。それが勝負だ」
 ヤクザ風の男は元歌手予定者らしくて低音には自信があったようだ。
 その男に続いて二番を僕が歌ったら男は豹変した。
「ええ声してますな。その声なら3代目でもかないませんやろ。お兄さん三番をよろしくお願いいたします」と変わったのである。
 3代目とは有名な広域暴力団の大親分のことだったらしい。

 散歩しながらそんな声で歩いていると見ず知らずの人から丁寧な挨拶を受ける。また野犬でも声を聞いたら急に逃げて姿を消す。どうしてかよく判らなかった。

 あるときネットに掲載していた僕のそんな声を聞いた人が教えてくれた。
「あんな声を出していて声帯が変になりませんか。自分なら声帯が壊れて1曲も歌えませんけど」
 奇妙なことを言う人だと思った。僕なら八時間ぶっつけに歌っても平気なのに、どうしてああ言ったのだろうと不思議だった。

 もともと音痴なのでこんな声の模範になるような低音歌手を探した。フランク永井さんの歌や渡哲也さんの歌でもキーをいくつも下げないと普通に歌い難いのだ。
 結局未だに本物の低音歌手に巡り合っていない。
 話し声はテノールなのに歌声はとびっきり低い重低音のバスだったのがついに判ったのだ。
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