mixiユーザー(id:1360988)

2015年10月01日23:45

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ボックスアート6

 やっと半分です。


ピットロード製九七式歩兵曲射砲、81ミリ迫撃砲です。ファインモールドからも出ています。こちらは砲兵つきです
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ピットロード製九七式側車付自動二輪車、つまりサイドカー付オートバイです。スポークも針金で再現して欲しかった。機関銃もしょぼい
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海軍陸戦隊用戦車、短12センチ砲塔、外国製品だったかな?
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ファインモールド製九七式中戦車新砲塔。昔はチハ改と呼ばれていました。チハとは中戦車のチにイロハのハ、中戦車ハ号のことです。九七式は歩兵支援の57ミリ砲搭載タイプとこの対戦車戦用47ミリ砲搭載タイプがあります。試作完成は昭和15年秋で世界の戦車と比べ遜色ない出来ですが、生産決定が昭和16年春、配備が昭和17年春と出遅れました。
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ファインモールド製九七式前期車台、上と比べ車体の後部側面が排気の違いから違っています。上の新車台はすっきりしています。
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ファインモールド製九七式新砲塔、新車体の相模造兵廠製。九七式は三菱と二つの工場で作られ細部が違っていたそうです。できは三菱製の方がよかったらしい。
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ファインモールド製九七式57ミリ砲塔、旧車台、一番最初に生産されたタイプです。列強と比べ歩兵直協が遅れているとされまうすが、日本軍は戦車を僅かしか持たない中国分相手で歩兵直協で十分でした。大陸では100万人の日本軍が戦い、南方戦線は陸軍にとって絶対国防圏策定以前は小規模な戦闘でした。
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ファインモールド製九七式、最後は増加装甲タイプです。日本軍では増加装甲搭載は少ないです。重量配分がくずれ走行装置が摩耗するので禁止されていました。しかし、戦場ではアメリカ戦車の装甲を切り取ったりキャタピラを付けて防弾強化していた車両がありました。
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タミヤ製九七式中戦車。昭和50年製、40年経っても見事な模型です。ともかく丈夫です。子の車体に47ミリ砲塔を搭載タイプを自作しました。もう一つの
九七式戦車改の47ミリ砲搭載タイプはボックスアートがありません。見事な絵です。
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ピットロード製九二式十センチ加濃砲。金属模型です。射程の長い105ミリ砲でノモンハン、ガダルカナルで使用されました。100トン重戦車の主砲もこの砲だったようです。
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ピットロード製九二式重装甲車です。騎兵隊用の軽戦車ですが、戦車とは歩兵の支援兵器の名称だったので、騎兵隊用は日本では重装甲車と呼びました。イギリスでは巡航洗車、歩兵戦車、アメリカでは同じ戦車を騎兵では騎兵戦闘車、歩兵では戦車と呼びました。
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続く

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