先日4歳児を預かった。
親子共に非常に辛そうだ。
辛い辛い言っているわけではないから余計に。
自分とも重ねて見てしまい、ぼくがどうにも辛い。
嫁さんとも話し、預かれる時は預かる事にした。
そうする事で、まず、ぼくが楽になる。
ちなみに、うちの娘たちとは、もちろん生まれた時から大の仲良しだ、しょっちゅう遊んでいる。
歳の離れた三女が出来たようなものだ。
この子のお母さんは、言い方難しいけれども、こちらの家族の中では絶対的にぼくと嫁さんを信用してくれている。
どちらの味方もしなかったし、今もしていないからだけれども。
即座に(本来は離婚する前に)手に職をつけるアドバイス等行ったのだが、本人が未だパニックの中に居るので、少し間を空けなければならない。
良くある事だけれども、段階的思考、計画的行動、感情の逆転的効果、そう言ったものがなにひとつ出来ないのでそこからだ。
これが出来ると世間でのある多くの実務は圧倒的にスムースになる。
楽になるわけではないが。
余計な手間や、自ら増やしてしまう効率の悪さは激減する。
ただ、これが出来ないと言う段階に居る事が、脱するに最も難しい。
と、思ってしまう事自体も、そこに嵌まってしまうモチベーションになってしまう。
人とは面白いもの、もしくは、嫌なもので。
この段階を越えると、段階をひとつ越えた、と言う言葉以上の景色がそこにある事を知っているので、何がなんでも越えてもらう。
幼児は、自力で無意識に越えている。
その姿がまた強く、痛々しく、どうにかしていく姿に映り、ぼくも負けてはいられない。
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