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2015年02月18日10:12

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殺人が多すぎる

 
 SARのスターラーズのお話の結びは、次のエントリーで。 今回は、ぐだぐだ雑談です。
 
 ごく最近、エドワード・D・ホックに入門した、翻訳ミステリにはえらく晩生 (おくて) の私。
 ここんとこ、怪盗ニック・ヴェルヴェットものに続いて、サム・ホーソーン医師の名推理で、用務の合間の気分転換をしている。 http://www.amazon.co.jp/%E3%82%B5%E3%83%A0%E3%83%BB%E3%83%9B%E3%83%BC%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%83%B3%E3%81%AE%E4%BA%8B%E4%BB%B6%E7%B0%BF%E3%80%881%E3%80%89-%E5%89%B5%E5%85%83%E6%8E%A8%E7%90%86%E6%96%87%E5%BA%AB-%E3%82%A8%E3%83%89%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%83%89%E3%83%BBD-%E3%83%9B%E3%83%83%E3%82%AF/dp/4488201024
 ところが、訳文の特定のある言い回しのおかげで、読み終わっても百パーセントのカタルシスが達成できず、イライラするのだ。

 これ、不可能犯罪もののシリーズで、いまさら私がいう必要もないことだけど、トリック構成の切れは抜群。 ”不可能”が合理的にひっくり返される展開が、とても面白い。
 老いたサム医師が、米国・ニューイングランド地方の田舎で開業医をしていた若いころに出くわして解決した事件を、次々に語る、というのが基本設定で、だから短編集の1編1編の、導入と結びは老医師の語りかけ文になっている。
 その部分で、サム医師が毎回、聞き手 (作者?) に酒を勧める。 そのとき出てくる決まり文句の訳し方が、小説 『〈古典部〉 シリーズ』 の千反田える風にいえば、「私、気になります」なのである。

 例えば:
  「さて、呪われた野外音楽堂の話をすると約束していたね? その椅子のすわり心地はいいかな? グラスは空じゃないね? 
 こういう話は少しの――そのう――御神酒 (おみき) を飲まないで、聞けないからね。 本当だよ!」 (p.115)

 この「御神酒」、原語は何なの? なぜこんなふうに訳すの?
 「酒を飲む」や「一杯ひっかける」じゃ、なぜいけないの?
 もちろん、わが国の少しく以前のおぢさんたちが、「お酒を飲む」ことを、「お神酒を入れる」といったりしたことは知っている。 たまには落語にも出てくるしさ。
 だけど、訳者はそれを借用して、いくらもうお年寄りだからといって、東部人で医学部出 (断然インテリ) のサム医師のキャラクター作りに、どう役立てようというのよ。
 日本は多神教で、しかも八百万の神々は基本、お酒を好む。 だから、神さんに捧げるお神酒を、人間がお相伴する、という「醇風良俗」がある。

 いっぽう向こうは超越的な一神教で、神にお酒を捧げるなんて「蒙昧な」習慣はない。
 ああ、もちろん、聖餐式という重要な儀式があって、そのときは赤ワインを飲むけれど、あれはお酒じゃない。 キリストの血なのだよ。
 そりゃあ、フランスやイタリアの僧院のお坊さんが、「聖餐式用に」自前のブドウ園=ワイナリーで製造したワインを飲んで酔っ払う、なんてことはあっただろう。 でも、「まあどうぞ、キリストの血を一杯」なんて涜神的なことは、絶対言わないと思う。
 ましてや、清教徒の植民地から始まった、ニューイングランドにおいてをや。

 そういう文化的な違いを考えに入れると、「きみに――そのう――御神酒を少し注いであげよう」などという訳は、ダメダメなのでは。
 なんか、日本でのそういう表現に当たる向こうの慣用句があるのかな、と思って、和英辞典をチェックしてみたけど、「御神酒」は「sacred sake」、「御神酒を頂く」は「have a ritual libation of sake」。 でもって、「彼はかなり御神酒が回っている」は、「He's quite drunk」だったりする。
 ブルーズの歌詞をいろいろ訳した者として思い返してみても、「have a drink」以外の、酒を進める言い回しは記憶にない。
 こうなると、このミスマッチな訳の原書での表現が、「私、とても気になります」なのだ。
 ああ、このまま行くと、その箇所の原語が何なのかを知るためだけに、原書を買い求めかねないよ。 
 あんた、ほんとに罪な人だね、訳者の木村二郎さん。

  ***
 ついでに、マイナーなツッコミをもう一つ。
 この短編推理小説のシリーズは、1920年代の、コネチカット州の東の州境近くの架空の田舎町、ノースモントが舞台なんだけど、場所柄を考えると、殺人事件が多すぎ。
 このエリアの人口を、そんなにいなかったと思うけどかなり多い目に1万人と見積もり、平均年に1件の殺人があったと考えると (サム先生が、もう1年近く殺人が起こらないと作中で発言したら、そのあとすぐ起こったというのが、やや薄弱な論拠)、人口10万人につき、年10件の殺人ということになる。
 これって、えらく多いよ。
 国連の数年前のデータによれば、人口10万人あたりの殺人発生件数 (高い推定値) は:
南アフリカ共和国 69.0 (1位) /メキシコ 11.3,タイ 9.0,イラク6.7,米国 5.9,ペルー 5.7,ベトナム 3.8,スイス 2.9,スウェーデン 2.4,中国 2.2,韓国 2.2,カナダ 2.0,フランス 1.6,英国 (イングランドとウェールズ) 1.6,オランダ 1.4,ドイツ 1.0,ノルウェー 0.8,香港 0.6,日本 0.5 (世界198ヶ国中最下位)  だからね。
 現代の米国は6人くらいだけど、これは都会の、「荒れた」イナーシティなんかも込みの数値で、いまでも郊外や田舎はそんなに治安が悪くないから、当時のハートフォードは、0コンマ何人のレベルじゃないと辻褄が合わない。

 ただ、サム先生自身が、この高頻度の殺人発生について、「自分が呼び寄せているような気がする」といったりしてて、十分に自覚があるのが微笑ましい。
 世界でもっとも殺人率が低い国で、統計を無視した血腥い事件がオンパレードの「名探偵コナン」とかと比べれば、この程度は許容範囲内かなと思ったりもする。

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