今日は書初めをした。ただし半紙相手ではなく、人間の皮膚相手である。
書きたい、書かれたいというコドモたちだけで集まったのだが、少女たちが六人に対して、男の子は小2と小3の二人だけであった。
「犬神図書館で耳なし芳一になってくる」。
ある子はこの一言で親御さんを上機嫌にさせ、快く送り出してもらえたそうである。魔除けを施してもらえるからと考えたようだ。
魔除けは表向きなのであって、実際は私自身の精神的な姫始めである。少年少女相手に精神的な肉欲をぶつける。それが耳なし芳一書初めなのであった。
ピーター・グリーナウェイ監督の
「枕草子」のように、自分の愛する本のなかの一文、コトバを筆でさらさらと書きつけてもらう。
少女たちが自らの肌に書いてもらったのは、
アーサー・マッケン、
ジョルジュ・バタイユ、
三島由紀夫、
サド、
吉行淳之介、
泉鏡花、
谷崎潤一郎、
ヘンリー・ミラーなどなど・・・
男の子二人は、
北原白秋、
瀧廉太郎・・・
漢字、ひらがな、カタカナ、アルファベットをさらさらと綴ることで、文章を読んで理解するという読解は無意味なものになり、音読さえも解体してしまい、残るのは書く側と書かれる側の恍惚のみ。
観音とは音を観ると書く。即ち、音を聴くのではなく音を観るのである。それと同じように、文章とコトバは読んだり、声に出したりする以上の表現がある。その境地を共有しあって、単なる肉欲以上の快感を分け合う。
私と犬神チルドレンの少年少女の基本的な関係はそういうものなのであった。
特にほうほけきょを男の子の肌に書き綴った時は、幼児の頃の記憶が鮮やかに浮かび上がり、憧憬と肉欲が入り混じった強烈な快感が全身を貫き、思わず喘いだ。男の子の肌もほんのりと紅色に染まり、墨の艶やかさを浮かび上がらせていた。
小さい子、小さい子、
お前はなにをして居ます。
こう人肌に書くだけで、何と世界はこんなにも変わるものであろうか。
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