今朝見たユメ、「北新宿駅」の余韻は結局、今日一日じゅう脳裏に密着してほんの少しも離れなかった。耳には「甘き死よ来たれ」がエンドレスで流れるし、これはもう、亀戸水神駅や下赤塚駅などの都内の木造駅舎での思い出が私の背中をドンドン叩いているとしか思えなかった。
つまり、何らかのカタチでこの世に舞い戻ってきたいのだ。
板橋にある下赤塚駅はほとんど掘立小屋みたいな造りだったので、ご存じの方々も多かろう。
私はこういうオンボロ木造駅舎が都会のなかで生き続けてきた記憶を何よりも愛している。特に亀戸水神駅は見た目は新しい造りをおっかぶせてはいるが、それを引っぺがせば、昭和五十年代当時の木造駅舎が現れる。しかもかつては二階建てだった。
田舎の木造駅舎も魅力的なのだが、背景の田園風景がいけない。物足りなさを感じる。やはりごちゃごちゃした建物のなかにあってこそ、木のぬくもりが際立つと考える。
亀戸線から眺める古い木造アパートの連なり。
子供の頃から何度も見てきた光景だ。記憶が電車のなかでドラッグされ、木造駅舎から木造アパートへとつながっていき、「北新宿駅」のような奇奇怪怪な建物が出来上がっていく。
改札口のすぐ隣はボクシングジム。そのすぐ隣が居住区への入り口。そこを入っていくと細長く、薄暗い廊下が続く。頭のなかで設計図を描いていって、まとまってきたら、奇談を書いてみたい。そうやってこの世に生命を与えて戻せば、私の背中を叩き続けるものも満足するだろう。
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