mixiユーザー(id:1640816)

2014年03月09日20:38

355 view

カウンター・セブンティーズのこと。

フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


フォト


深夜アニメで今イチバンイケてるのは「キルラキル」である。



ごらんのように、七十年代を幼少時代、少年時代として過ごした私にとっては、とてつもなく懐かしいものがあり、永井豪先生、石川賢先生の味わいを思い起こさずにはいられない。
その通り、制作陣は文字通り、ダイナミック・プロの後継者だ。作っている本人たちが絶大な影響を受けている。

このように。

七十年代の濃いあれやこれやに影響を受けて育ち、今、その人個人の七十年代そのものへの「返答」を作品で表現する。

これをカウンター・セブンティーズという。

私の場合は上に貼った画像だ。歩行者天国の銀座の景観。祖父に連れられて香十へ線香を買いに行った際、目の当たりにした“大気のくすみ”。写真でいうと粗粒子。後々になって写真そのものが劣化するのではなく、当時、ナマでそのように見えていたという事実。あれは一体何なのだろうか?光化学スモッグの影響だろうか?
とにかく、目に映るものすべてがギラついていた。高度成長期の昂揚もあって、やたら蒸し暑かった。
私がひばり書房などで怪奇怪奇と幻想を読み耽り、石原豪人、秋吉巒の濃厚な幻美の世界に浸り続け、児童向け読み物の挿画で油野誠一の描く穏やかさに癒されたのは、言わば精神的な避暑であった。
そして学校はくすんだ大気のなかで真っ白に輝き、私に古代ギリシャの神殿そのものなのだという印象を強く植え付けた。

今、私はこれらの私的な七十年代への「返答」をカタチにしようと悪戦苦闘しているわけだが、作家ならば当然の、自己決算であり、一種の胎内回帰なのである。

自分が生まれ育った精神的な土壌をもっと詳しく知りつくそうという欲求ほど、自然なものがあるだろうか?そしてそれは決して懐古主義などという感傷的なものではない。

マンガでは西村ツチカ先生が最前線の一番槍を務めていらっしゃると視る。

フォト


この懐かしくも新しい感覚。

そして、こういう逆襲がまかり通るのは八十年代までであると断言しよう。なぜならば、八十年代以降、時代はいよいよ不確かなものになっていったからだ。九十年代はもとより、新世紀に入って今の2010年代まで時代を象徴するものがあるだろうか?ケータイ、ネットとツールが最新のものになっても、そこには錆びたトタン板と由美かおるのホーロー板広告がまだ映っている。

そう、私にとって確かなもの。それと真っ向から向き合うこと。そこから新しく生まれるもの。

今再び、時代を濃いものにしていかなくては。
7 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2014年03月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031