男になれ公次（星野源）！（映画「地獄でなぜ悪い」を観て）

　「全力歯ギシリ　Let's Go〜」
　歯磨きのＣＭで無邪気に歌う１０歳の女の子に
高校生の橋本公次は恋をする。
　それから１０年が経ち、平凡でうだつのあがらない
大人になった公次（星野源）は、街中で突然
一人の美少女から「今日１日恋人になって」と
依頼される。公次は承諾。可愛い童顔で巨乳で足が
長くて奇麗とくれば男ならＯＫと言わざるを得ない。
直感的に、彼女があのＣＭに出ていた娘だと悟る。
彼女の名前はミツコ（二階堂ふみ）。
　典型的なモテナイ族の人間が妄想する展開。
　だが、案の定、彼の助平根性が仇となる。
彼女はヤクザの組長の娘だったのだ。
父親の武藤（國村隼）の束縛から逃げ出したいが
ため、公次を利用しようとしていたのだ。
　武藤は自分の身代わりに服役していた妻（友近）の
出所祝いに、大真面目に娘を主役にして
映画を撮ろうと決意した。
　彼は友人のプロデューサー・木下にミツコを
主役にごり押し。
　ミツコももともと芸能人志望なので、映画の主役は
まんざらでもなかったが、木下が作る映画には乗る気に
なれない。
　彼女は父に公次は映画監督だと嘘をつく。
　真に受けた武藤は公次に彼女を主演とした
新たな映画の制作を要請。もし出来なければ
命はない。俳優はもちろん照明・録音・カメラに
至るまで全て武藤組の組員。
全員映画制作の素人。だが、必死にマニュアルを見て
機械操作を覚えようとするヤクザ君達が
マジメでお茶目で凄く笑える。
　映画なんて作った事のない彼に神は救いの手を
差し伸べる。
自主映画を撮りまくり、歴史に残る一本が撮れるなら
死んでも良いと思っている全く売れない映像作家・
平田（長谷川博己）と出会う。公次は藁にもすがる
気持ちで平田に映画制作を申し入れる。
　映画狂の平田はますますヒートアップ。考え出した
アイディアは、ミツコを筆頭に武藤組の敵対組織への
殴りこみを撮影するというものだった。
　相手組織のボス・池上（堤真一）は、こんな馬鹿げた
話を断るかと思いきや、快諾してしまう。何と彼も
公次と同様、ミツコにぞっこんだったのだ。
成り行き上、公次も殴りこみに参加する羽目になるが
尻込みしてばかり。
　殴りこむ武藤組も、迎え撃つ池上組も銃は使わず
本物の日本刀で勝負するというルールのもと、
撮影はスタート。大チャンバラが繰り広げられる。
　
　この映画はコメディ映画だ。
　この映画の登場人物はクレイジーな程、愛情に
満ち溢れている。武藤の妻と娘への愛、
池上のミツコへの愛、平田の映画への愛、
ミツコの自分自身への愛。その愛情が、
突き抜け過ぎて周囲を圧倒しているから、
観客は大爆笑するのである。
　登場人物だけではない。映画全体から園子温監督の
「ヤクザ映画」への、そして「映画制作」そのものへの
愛情がビンビンに伝わってくる。細かい設定やら
意外な登場人物やらに、その愛情が宿る。
　この映画では始めから終わりまで、至るところで
「血」が噴き出している。池上から、武藤から、
ミツコから、平田から・・。この映画では「血」は
愛情の大きさを表すバロメーターといっていい。
「血」を見れば見るほど、登場人物達の愛情は
燃え盛る。
　一番燃えたぎっていたのは園監督に間違いない。
俳優やスタッフに自身の身体が真っ赤に
なる程、「血」の表現指導をしていたというのだから。
　國村の非情過ぎるクールさは逆に面白さを誘い、
堤の抑えきれないミツコへの思いも可笑しい。
爽やかな役が多かった長谷川のぶっ飛んだ目で
早口でまくしたてる演技ははまり役で新鮮。
園監督の化身というべき役を見事に演じきっている。
日本刀で男どもをバッサバッサ切りまくる鮮麗な
お姿の二階堂ふみ様に、男なら誰だって彼女に
身体を切り刻まれたいと思うだろう。
　監督・俳優・スタッフ、全てが「熱血」。何て
素敵なのだ。いい大人がいい年こいて青春してやがる。
　
　が、ただ一人煮え切らない人物がいる。公次だ。
ミツコを前にして、自分だけ逃げようとしたり、
命乞いをしたり、「血」から目を背けたり・・。
そこが爆笑を誘うのだが、同時に「じれったい、
腹を括れよ」、「好きな女に良いとこ見せろよ」、
「男になれ」とついつい突っ込んでしまう。
この映画唯一の一般人なので無理もないが、
やる時はやらなきゃいけない、それが
男ってもんだろ、公次。
　この映画では二階堂ふみ、別の映画
では夏帆と、良い仲になっていた、
ぱっと見モテナイ族の星野源への
やっかみも入っているけど。

　果たして、武藤組と池上組との抗争はいかに？
　ミツコは華麗にスクリーンデビューを飾る事が出来るのか？
　映画史に残る不朽の名作を平田は撮る事が出来るのか？
　そして、公次は男になれるのか？