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2012年11月16日17:54

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フュースリーの絵に学ぶ。

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私は幻想と怪奇ものが大好きなせいもあって、時々自分でもそういうハナシを書く。
その際、気をつけているのは、人間が恐ろしく見えるのはどんな風かという視覚的イメージだ。

その点で、最近映画「貞子3D」の予告編をようつべで何度も繰り返して観たのだが、失笑するだけであった。映画における我が国のホラーは肝心なところでズレてしまっているので、もはや再起不可能であろう。

私はかつて従姉とひばり少女怪奇コミックスを元に、恐怖のポージングに凝ったことがある。
そんな思い出を元に、ヨハン・ハインリヒ・フュースリーの「漁師の家に現れるウンディーネ」(上に貼ったのがそれ)を目にした折は、ほんとうに心臓が飛び出る思いにとらわれた。
従姉がとったポーズとそっくり同じだったのである。

フュースリーは「夢魔」の絵で有名なのだが、恐怖のイメージに深い造詣があり、人間のポージングには公式が存在すると考えていたようだ。つまりどのように見れば、最も恐ろしいか。

他に頭を垂れて両腕を交差させて座り込んでいる少女を描いた「沈黙」という作品があるが、これはまさしく映画「エクソシスト」のそれである。百年以上も前にポージングの視覚的効果にこだわったフュースリーの絵は、当然、私の心を満たし、私自身のイメージの基礎となった。

貞子や伽耶子のようにカラダをギクシャクさせてみせるポージングなど、子供だましに終わる。

ほんとうの恐怖とは、その瞬間の背景との歪みにある。

この場でそういうポーズはありえない。その不自然さに人は不安を覚え、次第に恐怖にとらわれるのだ。

今。

私は時々、お寺でも犬神図書館でも誰かがトイレに入ってると、ドアの影に隠れて、出来るだけ恐ろしげなポーズをとる。
何度も驚かされる人にとっては迷惑千万だが、これも人間の研究の一環だ。
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