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2012年11月14日20:09

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アラン・シリトーを再読するきっかけ。

犬神チルドレンの少年、高校二年の子が生意気にも夏休みに初体験を済ませたというので、将来小説家になりたいんだったら、初体験の瞬間のわななきとか書き表してごらんとススメた。

単なる作文から小説に進化するのは、実はそういうところから出発するのが手っ取り早い。
自分のことをどれだけ赤裸々に語れるかで、文章に深みが増すからだ。

で、出来ました、読んで下さいというので、眼鏡をキレイに拭いてからじっくり読み耽った。
最初の文章はこうだった。

“僕の初体験はアラン・シリトーのそれだった。”

全部読み終えてから、あらためて最初の文章のインパクトに唸ってしまった。
アラン・シリトーを読んだことのある方はあれやこれやと想像がつくだろうが、私がインパクトを感じるのは、読んだことのない同世代の子供たちが一直線に図書室あるいは図書館に走ってシリトーを読み出すだろうと予想がつくからである。

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%A2%E3%83%A9%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B7%E3%83%AA%E3%83%88%E3%83%BC

私にしてからが、文庫本の山からシリトーを見つけ出して読み返したくらいなのだ。
それだけ鮮烈なものがあった。
青春のまぶしさと荒々しさ、渇きがあった。
文章の響きにシリトーをもっと読み知りたいという抗いがたい誘惑があった。

イマドキの子がシリトーを読むこと自体、奇異に思う中高年の方々がいらっしゃるだろう。実際、彼は犬神図書館に通い詰める前は現代国語の教科書でしか文学を知らなかった。
でも若いうちにシリトーを読めるというのは素晴らしいことだと思う。
「長距離走者の孤独」でなぜ、ゴールを前に立ち止まったのか。
それは若者でなければ分からないものだ。

後二年で自決した三島由紀夫の年齢に迫る私は、土壇場に来て、大いに刺激を受けた。
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