mixiユーザー(id:1640816)

2012年03月25日20:41

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少女たちのはらわた。

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これらは単なるイメージ画像に過ぎないが、若い友人の映画作家がようやく、ホンモノっぽいスプラッター描写が出来たと嬉しそうに報告してきたので、私も自分のことのように喜んだ。
私の頃は、血液はニセモノを使っていたが、内臓はブタや牛の臓物を精肉店で買って使っていた。
だから、撮影が終わっても生臭さが全くとれずにしんどい思いをしたものだ。

我が国のスプラッターものというと、日野日出志先生のギニービッグ三部作がまず思い出されるが、最近では白石晃士監督の「グロテスク」があげられる。



これはなかなかよく出来ていて、日本版「ホステル」とうたわれるだけあるなと感心した。
しかし、どれだけリアルに見せようとも、所詮はスナッフ・ムービーにはかなわないのだから、映画的なカタルシスよりもまず嫌悪感が先行する。

「SAW」シリーズと「ホステル」のゴアシーンの決定的な違いがお分かりになるであろうか?

前者は人体がどのようにバラけるかが予想がつかず、後者は思いっきり予想がつくという違いである。あまり世に知られていないけれども、拷問マニュアルの基本は、痛みをどれだけ予想させるかに重きを置くのだ。つまり、人間がどこまで耐えられるかをあらかじめリミットを設けておくわけである。
しかし。
「SAW」シリーズは想像力が先行した。登場人物が何を選択するか分からなかったので、リミットは設定されていなかった。
だから、耐えられる余裕はあったし、しかもある種の映画的カタルシスがあった。

そういうわけで、スプラッターは本来、リアルさを追求するより、いかにして今まで観たことがないくらい人体を破壊出来るかを追求するものだと考えている。

友人は少女の臓物が車のエンジンのように唸りをあげて、ものすごい勢いで回転し、身体が内側から裏返って血まみれの異形のものになるシーンを撮りたいがために、一生懸命ゴアシーンを撮り重ねたそうだが、ただハサミで口を切り裂いたり、ドライバーで目玉をくり抜いたりするよりは、そういう想像力の裏返りぶりが映画としては面白いと思う。

なんだこりゃ、とビックリさせてこそ、アメリカの片隅でロバート・R・マキャモンらを中心に一瞬流行ったホラー小説ムーヴメント、スプラッター・パンクの醍醐味があるのだ。
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