▲映画はモノクロである。誤解のないように。
まったく知らなかったのだが、今月23日から、
デジタル修復版 『幕末太陽傳』 (ばくまつたいようでん)
がロードショーされるらしい。
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このたびの
デジタル修復版 『幕末太陽傳』
※漢字にうとい人に説明すると 「傳」 は 「伝」 の正字
というのは、
そこらの民間の業者がやっている、
デジタルリマスターとは、格が違う
ということだ。
「デジタルリマスター」 もピンからキリまであり、その中の最高レベルが “デジタル修復” なのだが、通常の 「デジタルリマスター」 というのは、
映画をブルーレイ化するにあたって、
上映用ポジのデータを、
ブルーレイ用のデジタルに変換しました
というのにすぎない。たとえば、
画面上のキズを取ったり、
パーフォレーションの劣化による画面のユレを押さえたり、
劣化した色彩を補正したり、
オリジナルのフィルムの性能で、表現しきれなかった
画像のコントラストを補正したり、
※最後のような例は、
関係者が監督の生前の意思を確認していることが条件。
というような作業をやらなくても、フィルムをデジタルデータに変換し、通常の色やコントラストの補正を行えば、それだけで、デジタルリマスターである。
「修復」 というのは、上に挙げたような、地道な作業が加わり、それにはたいへんな予算がいる。
今回の 『幕末太陽傳』 の修復は、
フィルムセンター
の事業である。国立の機関であり、予算がつく。だから、民間の業界ではやらない 「修復」 をやる。だから、それを見ないのはモッタイない。
フィルムの修復というのは、実は、とてつもない費用がかかる。やはり、フィルムセンターの修復で、2004年にロードショーされた溝口健二監督の 『新、平家物語』 は、褪色した色の再現という困難な作業もあったために、それに当てられた予算は1千万円を超えた。
古い映画の修復というのは、どの国でも、なかなか進まないものだが、理由はこのように多額の費用がかかることと、そして、もう1つは、
フィルムにまつわる産業そのものが、すでに衰退しているうえ、
フィルムに関する経験や知識のある技術者が不足している
ということもある。
世界各国の美術館が、収蔵用に、古いテクニカラーのフィルムを必要とし、そのために、「テクニカラー用のフィルムプリンター」 がふたたび顧みられるようになったのは最近のことだ。テクニカラーは、まったく、その技術がいったん途絶えている。
1980年代。テクニカラーなどという時代物は必要ないと、先進国は揃って、それを後進国の中国に売っぱらった。『赤いコーリャン』 という名作が誕生したのは偶然ではない。テクニカラーは赤や黄色を美しく再現する。
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『幕末太陽傳』 は、川島雄三 (かわしまゆうぞう) の中期の代表作である。この監督には、もっと破天荒で、面白い作品がいっぱいある。
「筋萎縮性側索硬化症」 (ALS) という不治の難病をかかえ、二十歳ごろに監督に就任したころには、すでに歩行に障害があったそうだ。病気のことは周囲に伏せて、それから 19年間に50本余の映画を撮った。映画監督としては夭折と言っていい45歳で亡くなっている。
『幕末太陽傳』 は、亡くなる6年前の作品。
この映画が有名たるユエンは、落語の
『居残り佐平次』、『品川心中』、『お見立て』、『三枚起請』
を鍋に放り込んで、幕末の維新の志士とゴッタ煮にした点である。50年代、60年代、落語は大衆演芸の花だった。
落語の煮くずれたのがフランキー堺 (佐平次) であり、
維新の志士らしい具材が石原裕次郎 (高杉晋作)
という寸法である。
落語では、あまり強調されないが、品川に居残り (遊んだ金が払えずに人質になる客) をする佐平次は “結核” である。医者に療養を勧められ、みずから進んで品川宿の居残りになるのだ。「人質」 というテイで、空気の良い品川で転地療養してしまおう、という豪儀な詐欺なのである。
落語ではことさら強調されることのない佐平次の結核だが、映画では、“暗い影を落とす” と言えるほど、フランキー堺 (佐平次) の結核が強調される。そして、
「首がとんでも動いてみせまさぁ」
とか、はたまた、最後の捨てゼリフ、
「俺は、まだまだ、生きるんでぇ」
が出てくる。1957年当時の観客は、フランキー堺のセリフとして聞くわけだが、54年後のワレワレには、39歳の川島雄三の決意として聞こえてくる。
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上映館は、「テアトル新宿」 と 「ヒューマントラストシネマ有楽町」 だが、
後者は、2スクリーンで、162席と63席
であり、スクリーンも小さく、オススメしない。見るなら 「テアトル新宿」 である。
この映画館、新宿三丁目が最寄りの駅で、伊勢丹の裏側というか、靖国通り側である。地下にあるので、行ったことのないヒトは、あらかじめ入口を確認しておいたほうがよいかもしれない。
この映画館、昔は、ミニシアター的なプログラムをよく掛けた。たぶん、支配人は、そういう傾向のある人物なんだろう。何年か前に、大規模な鈴木清順のレトロスペクティブをやった。
地下で、218席に過ぎないのだが、客席の奥行きがあまりなく、横幅が広い。たぶん、
シネスコでも大きく上映できるように、
スクリーンを横いっぱいに広げたから
だろう。ロビーには、ミニシアターから、シネコン系まで、種々雑多なチラシがテンコ盛りのワンダーランドである。
アタシの知るかぎりでは、指定席ではなかった。客が多い場合は、右手の入口に並ばせて、左と中央の入口から、前回の客を吐かせる。
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ぜひ、『幕末太陽傳』 をご覧あれ。 DVD で見た、というヒトもご覧あれ。
TV画面では見えなかったものを見つけて帰ろう。
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