夏目漱石、内田百間の夢についての報告はお読みになられた方なら、その妖しくも魅力的な世界に耽溺せずにはいられないだろう。
私は、夢というものは、人類全体に公平に与えられた、妖美端麗なる世界への招待状だと思うのだが、そういう夢を見ない、あるいは見なかったと思い込む人にとっては、たいへん不公平であるらしい。
ある友人は、おれはパチンコで確変がくる夢しか見ない、おまえは一体どうしてそんな面白い夢が見られるんだ?と恨み言を言ってきた。
似たようなことをマイミクさんも言ってくるので、重ねて、楽しい悪夢は誰もが必ず見るものだと申し上げるとともに、ひとつトレーニングとして、「夢に見そうな」ヴィジュアルを紹介していきたい。
初回はピラネージとクービン。
まず、ピラネージは、過去日記でも紹介した。
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1290897724&owner_id=1640816
ウィキはこちら。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%B3%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%90%E3%83%83%E3%83%86%E3%82%A3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%94%E3%83%A9%E3%83%8D%E3%83%BC%E3%82%B8
続いて、クービン。
当日記では初めて紹介するけれども、フルネームはアルフレート・クービン(Alfred Kubin)。
ウィキがないので、サイトの紹介文を以下に引用。
ボへミア地方、ライトメリッツ出身の画家、著作家。1892年、クラーゲンフルトの親戚のもとで写真家としての教育を受ける。1896年に短期間ながら軍隊に入るが、そこで神経を病む。1897年からミュンへンの絵画学校に学び始め、アンソールやゴヤ、クリンガー、ムンク、ルドン、ロップスらの作品に触れる。またショーペンハウアーの厭世的な哲学に傾倒し、この頃の作品から生涯にわたる彼の「死」への関心が示されるようになる。1906年からツヴィックレートを拠点とし、イタリア、パリ、スイス、プラハなど各地を旅行。1909年にミュンへンの新芸術家協会の会員となり、「青騎士」展に参加するなどの活動のなかで、カンディンスキーやマルク、クレーらと親しくなるが、彼らの表現様式を採り入れることはなかった。1924年にはプロイセンの美術アカデミーの会員となり、1937年からは同教授となる。膨大な数の素描、版画を制作したほか、ポーやドストエフスキー、ワイルドらの小説に挿絵を提供、また自身も小説も執筆するなど、生涯にわたり多彩な才能を発揮した。
犬神図書館にはクービンが著した唯一の小説「対極」があるのだが、彼の描く架空のペルレなる国は、陽も月も星もない、低く垂れ込めた分厚い雲の下に横たわる灰色の世界である。
ぼくはこの街をひと目見て抱いた感想・・・ここではすべてがまるで故郷のようだという感じを、少なくとも最初の一ヶ月間は毎日何度も思い返さずにはいられなかった。一ヶ月過ぎると、ぼくは故郷の方を完全に忘れてしまった。この国で思いがけない事柄になれてしまうと、もはや何事に対しても奇異の念を抱かなくなってしまうのだ・・・。
「対極」
これこそ、楽しい悪夢に漂う秘訣である。
夢を見てしまったら、もうその世界に浸らなければならない。
無理に目覚めようとするから、悪夢はあなたの胸に重くのしかかって苦しめるのだ。
クービンは「対極」のなかでこうも述べている。
人間は誰しも究極的に自己本来の気質をまぬがれることは出来ない。それは、絶えずその人の人生観を規定してゆくだろう。
従って、悪夢は実はあなたのほんとうの心のなかの世界だと識るべきである。
真っ向から向かい合ってこそ、人生は花咲けるものになるはずなのだ。
今宵、あなた方が素晴らしい悪夢に出会えますように。
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