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2011年11月14日13:41

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「トゥクタミシェワ」 の姓の由来 ── 2。

   






湯のみ Туктамышева Tuktamysheva 「トゥクタムイシェヴァ」 について、さらに。

   …………………………

湯のみ 先だって、タタール人 (ヴォルガ・タタール人) の名前には、しばしば、 Tukta- で始まるものがあり、それは、「止まれ!」 という “呪術的な意味” がある、と申し上げた。

湯のみ 実は、こうしたタイプの名前を持つのは、ひとり、タタール人だけではない。中央アジアのチュルク人の古いタイプの名前に、共通して見られるようだ。

湯のみ たとえば、カザフ人の男子名に、次ようなものがある。

   Тоқтар Toqtar [ トくˈタル ]
      ※たびたび子どもが亡くなった家で、新生児につける。
       ロシア語転写は Тохтар Tokhtar

湯のみ こうしたことから考えると、 tokta-, toqta-, tukta-, tuqta- などを語幹とする 「とまる」 という動詞があった、と想定できるのだが、現代トルコ語に、それに似た動詞は見つからない。

   …………………………

湯のみ ところが、トルコ語版 Wiktionary (ウィクショナリー) ── トルコ語版では VikiSözlük 「ヴィキセズリュク」 という ── に、まさにビンゴの項目があった。


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【 toktamak 】 (tokta- が語幹で、 -mak は不定形接尾辞)

チャガタイ語・動詞

隠す (saklamak)、待たせる (bekletmek)、?? (ala komak)

出典=KÚNOS, Dr IGNAZ (1902). Şeyh Süleyman Efendi, Çağatayca-Osmanlıca Sözlük
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湯のみ チャガタイ語というのは、現在は死語で、かつて、中央アジアで広く通用したチュルク語であった。その直接の子孫は、ウズベク語と、現代ウイグル語である、とされる。

湯のみ チムール帝国では、ペルシャ語 (印欧語) とチャガタイ語 (チュルク語) が公用語であり、インドのムガル帝国でも、初期には、ペルシャ語とならんでチャガタイ語が公用語であった。いわば、中央アジアのチュルク系民族のラテン語であった。

湯のみ もちろん、チムール朝の末期に興ったカザンハン国のタタール人も、この言語を話したにちがいない。

湯のみ 上述のトルコ語版 Wiktionary の項目は、『チャガタイ語−オスマントルコ語辞典』 からの引用だが、これは、まさしく、

   西のオスマン帝国と、東のチムール帝国・ムガル帝国のあいだの知を結ぶもの

である。いわば、イスラーム世界の 「ラテン語−ギリシャ語辞典」 のようなものだ。

   …………………………

湯のみ つまり、トルコ語には見えないが、中央アジアには、

   tokta-mak 「隠す、待たせる」

という動詞が広く通用していたことになる。

湯のみ そして、この動詞はモンゴル語からの借用という解釈がある。


   *todka- <モンゴル祖語> (人を)とどめる、(物を)留める
     todqa- <モンゴル文語>
     totgor <ハルハモンゴル語> 障害、じゃま
     todxor <ブリャート語> 同上


湯のみ つまり、モンゴル語の -dk- がひっくり返って無声化すると、

   tokta-

ができあがる、という寸法だ。チャガタイ語は、いわば、東チュルク語なので、西チュルク語にくらべ、つねに、モンゴル語の影響を受けやすかった、と言える。

   …………………………

湯のみ チュルク祖語で、これに対応するのは、

   *tut- <チュルク祖語> つかむ、閉じる、とどめる

だと言う。

湯のみ これだと、現代トルコ語にも見られる動詞となる。

   tut-mak [ トゥトˈマク ] 「つかむ、とる、手に入れる」

湯のみ これと同源の動詞がタタール語にもある。


   тот-арга tot-arga 「つかむ」
      ※タタール語では -arga による不定形を辞書の見出し語にする。
       トルコ語と同様の totmak という不定形もある。


湯のみ つまり、タタール語の tukta- は、本来語の tot- に対し、チャガタイ語からの借用語、ということになりそうだ。同源の動詞を、モンゴル語経由で外来語として借りてしまったことになる。

湯のみ こういう例は、ラテン語にもあり、同源の語をギリシャ語から多数借りている。実にユカイ。

   …………………………

湯のみ ならば、タタール語に、チャガタイ語から借用した、

   туктарга tuktarga [ トゥクタルˈガ ]

という動詞があるハズである。

湯のみ Google で検索して驚いた。こんなにスンナリと正解に辿り着くことは珍しい。


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ロシア語版 Wiktionary (タタール語の単語についてロシア語で記述する、という意)

【 туктарга 】

タタール語・動詞

   (1) 止まる (остановиться)
   (2) やむ (прекращаться)
――――――――――――――――――――


湯のみ まさに、こんなエントリーが、 Wiktionary にあったとは “灯台もと暗し” もはなはだしい。路地にあると思って探していた店舗が、表通りにド〜ンと店をかまえていたようなものだ。

   …………………………

湯のみ するってえと、 Tuktamysh 「トゥクタムシュ」 という名前の構成を説明することはムズカシクない。 mysh 「ムシュ」 は独立した単語ではなく、チュルク語の動詞に付く接尾辞である。

湯のみ トルコ語で説明してみやう。

   -mış [ ムシュ ]
      連体形(名詞を修飾)で 「〜した」。修飾される名詞が動作主。
      終止形で 「〜したようだ」。話者の確信のない完了。

湯のみ Tuktamysh 「トゥクタムシュ」 という名前は、

   (a) 子どもが相次いで亡くなった家。
   (b) 子どもが次々にできてしまう家。

において、それを 「止める」 ために使う、というのだから、「〜したようだ」 は適さない。むしろ、

   「新生児」 を修飾する “動詞の連体形”

とみなすのがよいのではないか。すなわち、

   「新しく生まれてきた子が、その家に好ましくない状況を “とめた”」

というふうに言い切るのだろう。

   …………………………

湯のみ 先にあげたカザフ人の名前 Toqtar 「トクタル」 と同じ派生の名前はタタール人にもある。

   Туктар Tuktar [ トゥクˈタル ]

という。こちらも動詞の活用形であり、現代トルコ語に、まったく同じ接尾辞がある。

   -r 「〜する」。動詞の終止形・連体形。動作の未完了をあらわす。

湯のみ つまり、 Tuktamysh 「トゥクタムシュ」 は、「(悪しき慣習を) 止めた」 という完了形の名前であり、 Tuktar 「トゥクタル」 は、「(悪しき慣習を) <これから>止める」 という未完了の名前、ということだ。

    もう、この子が止めたんだ。
    これから、この子が止めるんだ。

湯のみ 「トゥクタムシュ」 と 「トゥクタル」 とが言っているのは同じことで、ただ、「すでに完了したこととして言い切ってしまう」 のか、「これからの願いとしてコトバにした」 のか、という、願の掛け方のちがいにすぎない、と言える。

   …………………………

湯のみ チュルク世界では、 Tuktamysh 「トゥクタムシュ」 という名前は、

   14世紀後半に、ロシア南部にハン国を興した人物

として知られる。その首都は、かつて、キプチャク・ハン国の首都であったサライであり、サライは現在のロシア連邦アストラハン州に位置した。

湯のみ 短命なハン国でありながら、一時はチムールの後ろ盾を得、モスクワまでも占領する破竹の勢いだったが、勢い余ってチムールの領地であるホラズムを占領したことから一挙に没落した。

湯のみ ただ、 Tuktamyshev 「トゥクタムイシェフ」 という姓の人たちが、歴史上の人物 Tuktamysh 「トゥクタムシュ」 の子孫ということではないだろう、と思う。

湯のみ 単に、同じ名前の人物が一族の祖であった、ということだろう。なにしろ、 tuktamysh というのは、タタール語では 「とめた」 という普通のコトバなのであるからして。
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