800に寄稿した私の映画コラムがおおむね好評のようである。
でも努めるべきはこれからで、いくつもネタを用意しておかなくてはならない。
今日、mixi経由で「真・帝都物語」に登場する開高健のあれやこれやのエピソードを聞きまくってきた読者さんがいて、開高の母親がこっくりさんに夢中になっていたのは事実ですかと突っ込んできたので、事実です、本人が多くのエッセイ、「輝ける闇」などの著作で触れておりますと返答するとともに、思い返せば、母親の存在こそが恐怖の対象なのではないかと閃くものがあり、今まで観てきた映画などを洗った。
まず。
ママがこわい、おかあさんがこわいで思い出すのは楳図かずお先生。楳図マンガは蛇女からほんとうにトラウマだったし、「洗礼」に至っては母親の狂気を描いた(それだけではないのだけれど)最高傑作である。
肝心の映画で思い出すのは、なんといっても「キャリー」。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=5546
パイパー・ローリー演じるキャリーの母、マーガレット。楳図マンガにそのまま出てきそうな怪演ぶりは映画史上最もこわい母親の評そのままの存在感があり、小学生の時に観た私は圧倒されたものだ。
こわい母親→サイコな母親のことを、アメリカではダイレクトにリリジャス・フリーク(Religious Freak)といい、それだけ宗教がからむと恐ろしいという風土性をさしている。あのシリアル・キラーのエド・ゲインの母親も熱狂的信者であったことを考えれば容易に納得出来るであろう。
最も。
キリスト教圏に限ったことではなく、我が国でも母親の狂気を描いた作品がある。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=86863#1
映画界の最長老、新藤兼人監督の「鬼婆」。乙羽信子の凄まじい演技は、パイパー・ローリーと十分張り合えるくらいだ。
これは宗教とは関係ないのだが、母親になっても女を捨てきれぬ、女の業、そして娘だからこそ抱く黒い感情が、心理的恐怖を感じさせる。
韓国映画でもそういう母親の恐怖を描いた作品がある。
「コックリさん」だ。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=321233
ネタバレ寸前になってしまうが、娘に“憑依”する母親の描写がグロい。これもある意味、宗教気違い、リリジャス・フリークの一種だろう。
最後に思い出すのは、カルトの高僧、アレハンドロ・ホドロフスキー監督の「サンタ・サングレ」。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=9319
こちらも母親に“憑依”される息子の悲劇を幻想的に描いた作品で、ホドロフスキーならではのリリジャス・フリークをダイナミックに撮り上げている。
こうして見ていくと。
母親の恐怖=リリジャス・フリーク(宗教気違い)の図式がこうもハマるのは、陶酔の度合いが似ているからである。
母親の子供に対する溺愛と独占欲。
簡単に憎しみにスライドする黒い感情。
子供はそれを敏感に感じ取り、母親の思惑とは逆に泣き叫ぶ時があるのだ。
私の母は幸い、そういう母親ではなかったが、亡くなって久しい今、時々、気違いのように構って欲しかったと思う瞬間がある。
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