「人生とは、我々が経験したことの連続ではなく、経験したと思ったことの連続である」
H・P・ラヴクラフト
「夢は短い狂気、狂気は長い夢」
古諺
第一夜
おれは、どこかの白人とともに豪華な造りの見晴らし台に立っていた。その見晴らし台は、バロック趣味に富んだ彫刻入りのやつで、おなじような階段が下の方まで続いている。下の方は、植物庭園になっていて、見晴らし台の前方に広がる人工池を取り囲むように濃い緑色に染まっていた。辺りは薄暗かった・・・夕方だからではない。この見晴らし台、植物庭園、人工池の全体がひとつの巨大な部屋の中に収まっているからだ。遥か向こうに見える巨大なフランス窓は白くぼやけて輝いてはいるが、おれにとってはちっともありがたくない輝きだった。何だか、さっきから妙に落ち着かない。心臓が肉離れを起こしたような感じだ。こんなミニチュアめいた場所に放り出されて、不安を感じているのだろうか?そうではなかった。どこかから、悪意のこもった視線を感じているのだ。すると、だしぬけに白人が大声で叫んだ・・・「ははあ、あいつらか!」何事かと白人の視線を追うと、前方の人工池の中から、三人の真っ白けな女が上半身を出している。髪も、目も、顔も、何もかもが不気味なほど真っ白だ。「なかなか美人に出来ているが、絶対あそこへ降りちゃいかん。降りた瞬間、死ぬ!!」おれは、こっちに向かってにこにこほほ笑んだり、手を振ったりしている女妖怪どもを見下ろしつつ、「なぜだ?」と訊いた。白人は顔を固くしたまま答えない。おれはなぜだか分からないが、無性に腹がたってきて、彫刻の中から男性立像をもぎ取ってくると、眼下の白い化け物どもめがけて投げつけてやった。しかし、そこには白く濁った水面があるだけで、女どもの姿はどこにも見えなかった。ふいに、白人が悲鳴をあげた。後ろの階段の方を指さしている。おれは、そこに恐怖を見た。下半身が真っ白な魚になっている、さっきの真っ白けな女どもがにこにこ笑いながら階段をぴちゃぴちゃ這い上ってくるのだ。おれたちは、すさまじい絶叫を上げ、見晴らし台から人工池めがけて飛び込んだ・・・そこでおれは目醒めた。
第二夜
背丈が子供ほどに縮んでしまったおれは、どこかの人工公園の中にいた。目の前には、黒っぽい、ゴツゴツした岩が聳え立ち、その間を真っ白な大理石造りらしい神々の彫像が踊っていた。それを横目で見ながら、正方形にキッチリと造ったレンガ縁の人工池に浮かぶ飛び石のひとつに降り立った。水面は水藻だらけで、鬱々した緑色に濁ってはいたが、顔をくっつけるようにして覗き込むと、うっすらとだが、中の様子が見えた。鯉のようなものが白い影を見せる。なんだか、太い蛇のようなものも見える。蟹と蜘蛛を合いの子にしたような得体の知れないものも泳いでいる。おれはぶるると身震いすると、なるべく下を見ないように、飛び石を渡り切って向こう側に降り立った。それから、人工公園の中を真っすぐ突っ切って、後ろも振り返らずに一目散に駆け出した。
第三夜
やけに、外がゴウゴウいうので、窓を開けたら、目の前に黒々とした竜巻が迫ってきている!おれはすっかり肝を潰し、慌てて外に飛び出した。それから辺りを見回すと、何本ものの竜巻が、太いの、細いのがいくつも天から垂れ下がっている。気違いじみた強風の中で、おれは安全な場所を求めて駆け回った。身体が引っ張られるような感覚・・・おれは必死で、アスファルトに爪を立て、這いつくばって何かしっかり掴めるものを狂ったように捜し求めた。ふいに、風が嘘のように止んだので、おそるおそる目を開けたら、空から宇宙が迫ってきていた。おそろしいほどの無数の輝く星雲が地面めがけて落ちてくるところだった。おれはあまりの光景にブチ切れたらしく、高校時代に好んで読んでいたカール・セーガンの宇宙ものを思い出しながら、ひとしきり感慨にふけりつつ、仰向けになって足を組み、何億ものの星雲の落下を眺めていた。そして辺りが真っ白になった瞬間、目が醒めた。電気がついていた。傍らには、昨晩徹夜作業で一緒だったクラスメイトが立っていた。
第四夜
近所のコンビニで朝食のカップラーメンを買っていると、唐突に、辺りが甲高いサイレンで轟いた。「空襲だ、空襲だ!」と叫び声がするので、お釣りももらわずに外に駆け出すと、空には奇妙な飛行物体が浮かんでいた。ビルディング建築の赤茶けた鋼鉄製の骨組みの檻のような立方体がそのまま浮かび、中に白い卵のようなものが入っている。新型の飛行船か?そう思っている間に、檻の下の部分がぱっくり割れ、中の卵がふわふわと落ちていった。地面に達したと思った瞬間、ぱんとあっけない音を立てて消滅した。どこかから、おびえきった声で、「中性子爆弾だ!」という叫びが響き渡ってきた。たちまちのうちに辺りはパニック状態になった。おれは、一目散に家めがけて走り出した。途中で、我が家から隣数件目の「エホバの証人・王国会館」から、以前勧誘しにやってきて、断ると、さんざん嫌みを言って帰った中年女性があたふたと駆け出してきたのが目に入った。おれは絶好のチャンスとばかり、家から猟銃を持ち出すと、まだそこらへんを駆け回っているにっくきクソババアを撃ち殺してやった。そして王国会館に飛び込んで、目に映るすべての人間を老若男女問わず、全員射殺してやった。ついでに火をつけてやる。ざまみやがれと出てきた瞬間、あの破滅の卵が頭上いっぱいに落ちてきた。
第五夜
便所に行きたくなったので、薄暗い廊下に立つと、和室の方で何やらひそひそ声がする。気になって、そっと障子を開けてみると、驚いたことに、家にはいないはずの父が持ち上げた畳の下から顔を出しているではないか。そこからは青白い光が溢れていて、父の顔をいやがうえにも、不気味に演出していた。父はおれに向かってウインクしてみせると、そっと畳を元に戻して、その下に消えていった。「オヤジ!」おれは慌てて、畳をひっぺがそうとへりの間に指を入れようとしたが、ビクともしない。そのうち、目の前の和箪笥からまたひそひそ声がするので、おれはそこに歩み寄った。すると、目のすみっこに妙なものが映った。スケートを履いたきらびやかな服装の男女が、全裸の女を挟んでこちらへ滑ってくるのだ。そっちの方に顔を向けると、不気味なことに、ミニチュアサイズの三人の小人たちが壁づたいに和箪笥の裏へ消えていくところだ。女はいやがっているようで、しきりに悲鳴をあげていた。その顔には見覚えがあった。おふくろだった。おれは全身の血が沸騰し、身を屈めて和箪笥に突進し、角に頭を痛撃して失神してしまった。
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