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2011年10月26日15:11

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ヒッチコックの 「三十九夜」 と、絞首台の 「十三階段」 の問題。

  







湯のみ 今朝の5:00時に、CSのチャンネルNECOで録画した 『怪奇大作戦』 を見ていて、ふと気がついたことがあった。

   …………………………

湯のみ 『怪奇大作戦』 の第18話で、“死者がささやく” というエピソードである。

湯のみ 「怪奇」 というより、「ミステリー」 といった話なのであるが、ダイアローグにこういうものがあった。SRI の所長のセリフであるよ。

   「あの男を十三階段へ追い上げるのには、
    捜査本部がつかんだ証拠だけで十分だ」

湯のみ “あの男” というのは、このエピソードの主人公で、警視庁の警部補を殺害したという冤罪で取り調べられている。

湯のみ で、この

   「十三階段」

という、カビ臭い表現を思い出した、というわけだ。

   …………………………

湯のみ たぶん、日本の推理小説・ミステリー バタケでは、ときおり使われると思う。すなわち、

   「絞首台」 あるいは 「絞首刑」、さらには、「死刑」 の隠喩

である。

湯のみ ミステリー作家が、ちょっとツウめかして語るときの言い方、という感じ。このエピソードの脚本は、若槻文三 (わかつきぶんぞう) 氏で、特撮ドラマの脚本を、多数、書いている。ミステリー畑の人ではないようだ。

湯のみ 早くは、「ウルトラマン」 の “怪獣殿下” (ゴモラ)、“怪彗星ツイフォン” (ドラコ、レッドキング、ギガス) を書き、「ウルトラセブン」 では “ダーク・ゾーン” (ペガッサ星人)、“怪しい隣人” (イカルス星人) などのユニークな作品を書いている。

湯のみ 以後、「マイティジャック」、「怪奇大作戦」 から、「ウルトラマン80」 まで、多数の特撮モノの脚本を書いている。

   …………………………

湯のみ 『日本国語大辞典』 で “十三階段” を引くと、こうある。

   【十三階段】
   (台上まで階段が一三段であるところから) 絞首台の異称。

湯のみ 用例はない。『日国』 に用例がない語は、戦前までの日本語で、まず、用例が見つからない、という意味である。

湯のみ 英語で “thirteen steps” (<階段の> 十三段) という言い方は、きわめて大きな英語の辞典にも載っておらず、一般的な表現とは認められていないようだ。

湯のみ と、認められていないようではあるが、まったく、存在しないのか、というと、そうではない。

湯のみ Google UK (英国) で、 UK 限定で、

   "thirteen steps" gallows …… 652件
      ※ gallows は 「絞首台」 の意の複数名詞。単数はない。
       古英語の時代からあり、ゲルマン語では 「棒」、「枝」 の意。
       中期英語から複数が常用されるに至った。

と検索すると、652件に過ぎないのだが、確かにある。

   Thirteen steps to the gallows 「絞首台への13階段」
   Thirteen steps up the gallows 「絞首台へのぼる13階段」

というような表現は多数見られ、次のような一文もあった。

   There are traditionally thirteen steps leading up to a gallows.
   一般に、絞首台へのぼる階段は13段であると言われてきている。

湯のみ こういう発言の場合、学術と違って、引用もとが正しいかどうかは問わない。つまり、

   正しいか、正しくないか、ではなく、民間で、そのように言うのかどうか

が重要なわけ。つまり、少なくとも、英国では、絞首台への階段は13段だ、という言説があるわけだ。

湯のみ 絞首刑というのは、本来、日本の刑罰ではなく、絞首台への階段が13段である、という俗説も、西欧からの輸入である、と考えるべきだろう。とりわけ、日本における本格推理小説というのは、欧米に学んで発展したものだ。

   …………………………

湯のみ こうした言説は、もちろん、あくまで俗説で、西欧では、絞首台の階段を13段に限定した、などという事実はないようだ。

湯のみ ためしに、Wikipedia 英語版の “Hanging” (絞首刑) のページを開いて検索してみても、「13階段」 については、ひと言も触れていない。

湯のみ もちろん、こうした俗説は、「13日の金曜日」 などと同様に、西欧の

   triskaidekaphobia [ トˌリスカイˌデカˈフォウビア ] 「13恐怖症」

の一種とみなせる。「13恐怖症」 の起源はさまざまに説明されているけれども、結局、民間伝承のことで、ハッキリしたことはわからない。

湯のみ ちなみに、「トリスカイデカ」 というのは、古典ギリシャ語で “13” の意味である。

湯のみ この語は、1911年 (明治44年)、米国の精神科・神経科医であるイザドア・コリアット Isador Coriat が初めて用いた。

湯のみ 古典ギリシャ語を使っているのは、「13恐怖症」 がギリシャ発祥のもの、とか、そういう意味ではない。中世以来の学者の慣例にしたがって、ラテン語で命名したからなのだナ。

   τρεῖς καὶ δέκα [ トˈレイス・カイ・ˈデカ ] 「13」
     ※ “3と10” という表現。 three and ten
     ↓
   trīskaideka [ トリースカイˈデカ ] ラテン語に転写
     +
   phobia  “恐怖症”

湯のみ 上記のような命名であり、学術的には問題はない。ただ、ギリシャ語の κ は、ラテン語では k ではなく、 c とするほうがよかった。つまり、 triscaideca である。

湯のみ これは、近現代のギリシャ語とは関係がない。なぜなら、現代では、and を使わずに、

   δεκατρείς dekatrís [ デカトˈリス ]

と言うからだ。

   …………………………

湯のみ 前置きが長くなったが、本題はここからなのであるよ。すまぬすまぬ。

湯のみ ヒッチコックの映画に

   “The 39 Steps”

がある。だいぶ前に名画座で見た。スパイものであったが、見終わって映画館を出るとき、

   タイトルについては、キツネにつままれたような気分

だった。名画座でかかった古い映画だから、パンフもなにもないわけで、実に困った。

湯のみ 何が困ったのか、というと、

   原題が “The 39 Steps” (39段) であり、
   邦題が “三十九夜” なのだが、
   映画の中では 「秘密組織の名」 とされるだけで、

   (1) なぜ、“39 Steps” という名なのか、説明がなく、また、
   (2) なぜ、邦題がまったく原題と関係ない 『三十九夜』 なのか、
     という点については、かいもく、見当もつかなかった

のであるよ。

湯のみ 実は、これには原作があって、ジョン・バカン John Buchan、1915年 (大正4年) の冒険小説である。かつては、創元で翻訳が出ていたようだが、現在は品切れ、もしくは、絶版。

湯のみ この原作のほうは、「三十九階段」 の秘密がキチンと解かれるのである。

湯のみ しかし、ヒッチコックは、そこをオミットしたので、“39 Steps” が、なんだかよくわからなくなってしまったワケだ。

湯のみ 邦題の 『三十九夜』 というのは奇妙だが、『三十九段』 では客の入りにさわるので、雰囲気のある “夜” に変えた、という説があるようだ。もっとも、昭和10年 (1935) の話であり、ことによると、

   映画を見ても、ちっとも意味のわからない “39 Steps” を
   テキトーにアレンジしちゃった

とも考えられる。

湯のみ もとの意味がわかっていて変えるのと、わからないからテキトーに誤魔化すのは、まったく質の異なる行為だ。

湯のみ 以前、申し上げたが、

   “North by Northwest” 『北北西に進路を取れ』

という、原題と邦題のペアは、一見、一致しているように見えるが、

   実は、まったく、何の対応もしていないテキトーな訳

である。昔のエンタメ界なんて、そのへん、イイカゲンなのが多い。

   「君の瞳に乾杯!」

なんてのが 「名訳」 とされているが、オリジナルは、

   “Here's looking at you, kid!”

である。

   「ほら、(僕が) 君を見守っているよ!」

というような意味だろう。kid は、相手を “幼い” とみなして呼びかけているわけ。

湯のみ I'm 〜 とするかわりに、 Here's として、「ほら、ここに」 という強調をしている。口語では、ときどき、見られる言い方のようだ。

湯のみ つまり、「僕が見守っているから、元気をお出し!」 だろう。なんだかわからない文章だから、「君の瞳に乾杯」 にしてしまった可能性がある。

湯のみ このセリフは、もともと、脚本になかったそうだ。

湯のみ 撮影のあいまに、ハンフリー・ボガートがバーグマンにポーカーを教えていたという。ポーカーでは、手札に、ジャック・クイーン・キングがあれば、自然と手が強くなるわけで、ボガートは、

   「ほら、君の手札の中に、絵札があるだろう!」

というような、からかってカマをかける意味で使っていたらしい。顔のある札は、それを持っている人を見ているわけ。「乾杯」 とは関係がない。

   …………………………

湯のみ まだ、インターネットなど存在しないころだ。

湯のみ 名画座にヒッチコックの 『三十九夜』 を見に行って、しかし、冒頭にあらわれたタイトルに驚いたわけだ。

   The 39 Steps

湯のみ 「あれえ?」 だよ。ショッパナから。世の中が、どんなに変化したって、 step に 「夜」 の意味があったわけがない。

湯のみ それで、映画を最後まで見れば、このヘンテコな食い違いの理由がわかる、と思っていたのに、

   ヒッチコックの映画は、そこに、何の解答ももたらさなかった

というわけ。

湯のみ 当時、そういうことを調べようと思ったら、書店に行って、ヒッチコックの評伝とか、作品解説とか、そういうものを見るしかないんだが、代表作じゃない 『三十九夜』 なんて、ほとんど触れられていない。そうなると、お手上げ。

湯のみ ヘンな原題 “The 39 Steps” を発見したオレは思ったわけ。

   ことによると、映画の最後で、犯人として
   3人の男が捕まって、断罪されるんじゃないか。
   3人の凶悪犯が、絞首台に送られて、
   それで、 13 × 3 = 39。39階段なんじゃないか。

湯のみ ところが、まちがってるも、正解もない。

湯のみ 家の中にヒッチがいるとばかり思って、表玄関で待っていたのに、実は、とっとと勝手口から逃げ出してた。

湯のみ そんなふうに、トホウに暮れたことを、思い出したんだな。
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