このコーナーは、老人ホームで「亡くなる前に観ておきたい映画をご希望下さい、ご用意いたします」とアンケートをとり、各々が自分の死の装飾としての映画を回答して下さったのを元に、死ぬ前の視点から映画を語っていくというものです。
第1回目はアンジェイ・ワイダ監督の「灰とダイヤモンド」。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=17764#1
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%B0%E3%81%A8%E3%83%80%E3%82%A4%E3%83%A4%E3%83%A2%E3%83%B3%E3%83%89
老人ホームのFさんは共産党党員で、若い頃は学生運動に参加していた。
赤軍にも深い共感を覚えて、テロ活動に参加する寸前、内ゲバにあい、身体障害者として社会の片隅でひっそりと生きるはめになる。
その彼が死ぬ間際には、是非、「灰とダイヤモンド」を観たいと回答してきた。
若いうちはああいう風にゴミためのなかで死ぬのがカッコいいと思っていたんだ。
それがかなわなくなった今、この身体はしわくちゃなまま死んでも、心だけはカッコよく死んでいきたい・・・
「灰とダイヤモンド」は小学生の頃観たが、重く、暗く、息苦しい映画だった。
ピリピリした空気に覆われ、ラストでマチェクがひどく苦しみながらも、ゴミためのなかで死んでいくのを観て、ああ、これで楽になったと思ったものだ。
少なくともああいう死に方は望まない。
だから、Fさんも含め、憧れる人々がいるというのは、ちょっとびっくりしてしまう。
でも、死ぬ瞬間というものは、どういう形であれ、快楽と全く変わりないのである。
従って、ヒドイ死に様もまた憧れの対象となり得る。政治的背景があればなおさらだ。Fさんはよど号の犯人たちがなぜ、自分たちをあしたのジョーと言ったのか分かるかね?とよく問うてきたものだ・・・
「われわれは明日、羽田を発たんとしている。
われわれは如何なる闘争の前にも、
これほどまでに自信と勇気と確信が
内から湧き上がってきたことを知らない。
・・・・・・最後に確認しよう。
われわれは "明日のジョー" である」
死に向かって陶酔した若者たち。無様に生き延びてしまった者はもはや陶酔に浸ることは出来ない・・・
「おれにはもう『灰とダイヤモンド』しか残ってないんだ」と繰り返すFさんが亡くなる際は、自力で起き上がることが出来ない身体を支えつつ、モニター画面を見える位置まで持ってきてあげようと思う。
そうやって、自分の思うままに死ねる権利は誰にでもあるのだから。
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