■除霊すると13歳の娘に水浴びせ死なす
(読売新聞 - 09月27日 10:48)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1756107&media_id=20
驚くべきことだが、日本人の多くはいまだに、実際に霊の障りを信じ込んでいる。
キツネ憑きに限らず、例えば新小岩駅の投身自殺の現場でも、そこから飛び込んだとおぼしき跡に近寄ろうとしない連中が多かったのはそのあらわれだ。
それは単に気持ち悪いという感情もあるだろうが、その感情が膨れあがると、ほんとうに何かが憑くのでないかという恐れになるのだ。
このへんは、もうどうしようもない、日本人、人類全体の心のウェットかつマイナスな部分なので、私としてはせめてそれを自覚すべきだとしか言えない。
その負の部分は、ドラマティックに演出出来るので、昔から歌舞伎などでエンターテイメントに昇華してきたこともあり、さらに多くの人々が憑霊信仰の虜になった。
“霊が自分や他人に憑くと考えると、一切の苦しみから楽になれる”
ということで、
実際には自分がありもしない霊にとり憑くわけで、ありもしないことで大騒ぎするのは、バカバカしくともつきあってやって大騒ぎして除霊したふりをしなければならない、と祖父は明治時代のキツネ憑き事件を評していた。
つまり、マイナスの感情にあなたの心がとり憑かれてしまうと、そこにつけ込む輩が現れて、もっとマイナスな事態になるのだと。
だから、祈祷師、霊能者、そしてわけのわからない宗教はメシが食えるわけで、それ自体を非難するよりも、まず、心のありようを徹底的にあらためるべきだろう。
私は若い頃、民俗学の研究、憑霊信仰の研究で犬神憑きの地を回ったが、そこでもニュースのような、ツッコミどころ満載の除霊を売り物にしている連中を見てきた。
ホテルで二人きりになって、縄で縛り上げることで除霊出来るとマジメにうたう自称霊能者に会った際は、さすがに苦笑いしてしまったが、つきあっている側も自分が何をやっているのか分からない、陶酔の闇にはまり込んでしまったという感があった。
とにかく、自分で何とかするしかないと悟らぬ限りは、昔も今も、そしてこれからも、ニュースのような悲劇は繰り返されることだろう。
ログインしてコメントを確認・投稿する