mixiユーザー(id:1640816)

2011年09月07日19:21

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陰龍寺縁起のこと。

ボイスでつぶやいた、祖父の漢文で書かれた伝奇BLものの題は「陰龍寺縁起」という。
若い頃の祖父が妖怪に耽溺するあまり、何か物語をひとつと書き出したのが始まりだったらしい。

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古くは中国の「西遊記」に次ぐ面白い読み物とうたわれる「平妖伝」、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%B9%B3%E5%A6%96%E4%BC%9D

妖怪絵を得意とした歌川国芳、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%AD%8C%E5%B7%9D%E5%9B%BD%E8%8A%B3

美麗な挿絵で一世を風靡した伊藤彦造、

http://ja.wikipedia.org/wiki/%E4%BC%8A%E8%97%A4%E5%BD%A6%E9%80%A0

アメリカの挿絵画家ニューエル・コンヴァース・ワイエス(アンドリュー・ワイエスの父)と、

祖父は妖怪スクラップの他に気に入った挿絵や何かを切り抜いたのを蒐集していて、それらを煮詰めて、独自の物語を書いて、「日本少年」(当時、少年倶楽部よりも売れていた雑誌)に持ち込んだりしていたのである。

幼い頃龍にさらわれて化生の者と化した若君様が妖怪の従者とともに、幕府の陰謀で取りつぶしの危機に瀕した故郷の藩を救うという活劇、と書くと当時流行った伝奇ものなのだが、祖父は猟奇、男色趣味とやりたい放題で、編集者から突っ返されるという憂き目にあった。

それで自分だけの趣味として、しかも誰にも読めないようにと、わざわざ漢文で細々と書き綴ったのであった。

いつまでも年をとらない若君様への恋心が歪んだ藩主の息子が、耳なし芳一みたいに全身にお経を書いて、夜這いをかけて若君様のケツを掘るとか、そんな描写を読むと、祖父のフィーリングの幅広さ、自由さを感じてしまう。

私が育ったひばり書房でさえ、キビシイ道徳観にのっとった展開で、「赤胴鈴之助」からの一直線さは我が国の美徳であるはずなのだが、祖父は美徳、悪徳の区別なく、生き残るためにはルール無用と、敵味方入り乱れて血みどろのヒロイックファンタジーに仕上げてしまっていた。

漢文を解読して一気呵成に読破したミスラ君は、祖父のことを一種のアナーキストと評していたけれど、私としてはただ単純に書きたいものを書いただけだと思う。それでも饒舌にならないように気をつけていたふしがあって、そのへんは西遊記、平妖伝、南総里見八犬伝を大いに参考にしていたようだ。

いつの日か。
自分が死んでしまっていても。
自分の孤独な夢を、もうひとつの夢を。
誰かが読んでくれるだろう。
誰かが愉しんでくれるだろう。

それだけでも書く価値はあるのであり、異様な情熱をもって書かれた作品は読むに値する。

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