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2010年12月23日17:14

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子殺しより親殺しが許される。

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この度、中学生のいじめ自殺をきっかけに勃発した、犬神図書館VS創価学会+PTAの都条例代理戦争は、教育関係者、自治会を巻き込み、学童保育としての犬神図書館は存続すべきか、否か?を多数決で決めようと、公民館にて投票が行われた。
その結果、学会の熱心な根回しにもかかわらず、存続すべきが326票、すべきではないが97票で、犬神図書館の圧倒的勝利に終わった。

大人たちの意見より、子供たちが存続を熱望したのがいちばん大きかったので、私は犬神チルドレンだけでなく、学会員である親に隠れて、犬神図書館にて知識を開拓する子供たちにも感謝したい。

さて。

他はどうだか知らないが、創価であることを恥じて、子供のうちから親との縁を切ることを本気で考える子供たちが増えてきていて、先日、私も女の子から相談を受けた。
その際、親を勘当するというのは口上のみであって、法律上は実質的な効果はないと説明し、自分で働けないうちは忍耐を重ねるしかないと諭した。

でも。

果たして子供のうちから辛抱強く耐え忍べるものなのだろうか?

それで私は見守るだけでなく、「カラマーゾフの兄弟」を啓示として推薦したり、効果的な映画をチョイスしたり犬神図書館としての本領を発揮し始めたのだが、女の子の話を聞いていると、池田大作の本を燃やしたところ、両親だけでなく、大勢の信者たちからよってたかって「罰当たり」扱いされたというので、禁断の「親殺し」をすすめた。

「カラマーゾフの兄弟」でも「親殺し」は行われるが、誰もが父親フョードルに同情する者はいないだろう。
それと同じように、創価に凝り固まった両親に同情する者は信者以外は皆無といっていいだろう。
いわゆる、尊属殺人。
父親殺し、母親殺しなどが普通の殺人よりも重く罰せられるというやつだ。
私が見聞きしたケースでは、働きもせずに病身の母を無理に働かせ、自分はその金を競馬や競艇に注ぎ込むという極道な父を刺殺した長男がいて、証人として祖父が詳細を証言、長男の雇い主を始めとした近所の者たちが必死に弁護しても、尊属殺人罪のもとに絞首刑に処せられた。
この一件以来、私は親の資格がない肉親は殺しても罪に問われないよう法律を改めるべきだと強く思うようになった。
現在はまだというか、ようやく、尊属殺人という名称が消えただけで、無罪には至っていない。

「実際に殺したらどれくらい罪に問われるんですか?」と女の子。
「少年法では“14歳未満の場合、児童相談所へ通告し、児童自立支援施設等へ入所”と定められているから、実質的には罪に問われないだろう。君はいくつだったっけ?」
「11歳です」
「それなら、後三年はいつでも殺せるわけだよ。いいかい、いつでも殺せるということを心に抱き続けたまえ。そう思うことで、両親や信者どもがほんとうに気にならなくなるんだ。強く思い続けることで、相手は君の心のなかでは死んだも同然なんだよ」
「でも先生、ほんとうに包丁を手にしてしまったら?」
「その時はソファとかベッドを刺したまえ。部屋に両親の写真を貼って切り刻むのもいいな。そういうサイコなアピールも警告として役立つだろう」
「なんで実際に殺しちゃダメなんですか?私、ほんとうに殺してやりたい」
「誰が相手であろうと、殺人は後味が悪いからさ。人を殺しておいて、何も感じないのはね、人間として何かが死んでるってことなんだ。だから、殺さずに、頭のなかでなんべんも殺した方がずっと健康的なんだよ、生身は一度しか死なないけれど、空想では何度でも死んでくれるから、ストレス発散にもなるんだ」
「じゃあ、ミステリを何冊か貸して下さい、殺し方を勉強して頭のなかで楽しみます」

それで私は「Yの悲劇」、「ねじれた家」、「黒死館殺人事件」を貸してあげた。

そのうち、私は彼女に呪術を教えることになるだろう、呪術もまた、殺人という酷薄な事実から心を守るための気休めだからだ。

カミソリの刃の上を這うカタツムリのごとく。

上手に、ギリギリのところで、狂う。

精神的健康の秘訣は、そこにある。
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