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2010年08月25日22:50

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幻灯カフェと空間演出のこと。

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祖父の日記によると、大正時代に銀座に変わった軽食店があったという。
メシや飲み物は常連になりたいと思わせるものではなかったそうだが、祖父は「芥川龍之介の“魔術”を思わせる不思議な空間であった」と書いている。
一方の壁に向かって幻灯機で風景を照射し、残る三方の鏡張りの壁に反射させることで同じ風景を映し出し、我が身がどこか別の世界へ連れて行かれるような錯覚を感じる演出だったのだそうである。

この幻灯カフェは、大正という夢うつつのような時代感覚の落とし子のようなもので、と祖父は書いて、客が皆呆けた顔つきになって帰るのを見とがめた当局によって閉店の憂き目にあったと締めくくっている。

そんな祖父が幻灯カフェと同じ錯覚を味わったのは、多分、幼少時の私と一緒に行った、科学技術館のダブルミラーなどのトリックギャラリーだったと思う。私があんまり長いあいだ鏡のなかの増殖する私自身を眺めているので、祖父に頭をはたかれて手を強く引っ張られたのは、中毒性を心配したのだろう。

でも。

中毒はひとつ飛び越えていけば、心身に効くクスリになるのだ。アヘンやモルヒネと同じく・・・

私は幼少時から夢、まぼろし、空想が大好きな子供だったけれども、頭のなかで一人楽しむだけでは満足出来なかったので、何とかしてみんなをおのれの“内部風景”に引っ張り込めないものかと悶々していたところ、科学技術館での鏡のトリックに続いて、聾学校で視覚に訴えて言葉の勉強に使用していたスライド(幻灯機)に出会い、また写真が趣味の先生に教えてもらった日光写真、ピンホールカメラの技術にすっかり夢中になり、二重露出などで心霊写真を偽造するのが得意な子供に成長していった。

視覚的にみんなを我が世界へと引きずり込みたい一心で、私はほんとうに色々勉強した。

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マジック・ランタン、ファンタスマゴリアについての歴史を調べている途中で、会場にスモークをたき、そのなかに幻灯機を照射して、幽霊を飛び回らせたというエピソードは実際に試してみた。
まだ子供だったので、重いスライドを三人がかりで持ち、ふわりふわり、ゆらゆらと動かしながら、大量の蚊取り線香をたいた煙のなかに、幽霊や妖怪の絵図を撮って作ったスライドを映し出してみた。
大成功だったので、次は街中に繰り出して通行人を驚かせてやろうぜと盛り上がったのだが、残念ながら私は別のものに興味を示していた。

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それはピンホールカメラの応用で、真っ暗な部屋の窓に小さな穴を開けて、反対側の壁に外の風景を逆さまに投影するという・・・いわゆるカメラ・オブスキュラに凝っていたのである。

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http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AB%E3%83%A1%E3%83%A9%E3%83%BB%E3%82%AA%E3%83%96%E3%82%B9%E3%82%AF%E3%83%A9

幽霊や妖怪をこの世に呼び出すのも好きだったが、風景を“別世界”に変えることの方が大好きだったのだ。

あれやこれやと色々試し、知り、蓄えていって、心身ともに成長していくと、私は癒しの「空間演出」に詳しくなっていった。
一般向けだと、無難に、苔盆などを並べたりして緑で演出するという小細工で間に合わせるが、私が考えるほんとうの癒しとは、祖父が出会った幻灯カフェのように、そこにいる者たちを文字通り呆けさせる威力を持った“驚異”であって、その“驚異”をいかに現出させるかが私のテーマのひとつなのである。

最近はこういうテクニックに感心したところなので、私なりに狭い空間をいかに広く、別世界のようにだだっ広く演出出来る方法を開発し続けている。

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祖父は別の日記でこう書いている。

「時代がどんどん進めば、床のタイルが点滅したり、壁紙の模様が動き回ったり、額絵の中の人物が話しかけてきたりする店が出来ることだろう。でも、それでも、メシと飲み物がまずかったらとても通う気になれない」

実際。東京ディズニーランドなどのアミューズメントでの食事は残念なものだが、ああいう非日常の癒しはカフェレベルでも突き詰められると私は確信している。
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