読者のみなさんは、私が内気、あるいはデリケートだと言ったら信じるであろうか?
信じないであろう。
しかし、世の中には、見た目と先入観念ですべてを決めつけてしまう輩がいるもので、私が補聴器をつけているというだけで、内気、デリケートと決めつけ、よしここは俺に任せとけ、最近覚えた手話で・・・と私とコミュニケーションをとろうとする人が後を絶たない。
聴覚障害者としての私は、口話訓練を受けた世代なので、今ハヤリの手話は全くといっていいくらい出来ないし、理解出来ない。
従って、相手の唇を読んで、健常者のそれと変わらない発音で喋り出すと、相手はきまって頬をぶたれたような表情になる。
あの顔はいつ見ても、ほんとうに慣れない、また慣れたくない、人間の愚かしさがあって、気分が悪くなる。
私は幼少時からそういう愚かな大人たちに揉まれて育ってきた部分があるので、ほんとうに内気、デリケートから果てしなく遠いところにいる。
比例するように、ドがつくくらいスケベなのはみなさんご存知の通りだ。
おまけに、みなさんが思うほど善人ではない。
他の障害者たちはどうであろうか?
私のようにふてぶてしいのだろうか?
また、私のように異常なくらいエロいのだろうか?
実を言うと、障害者を内気、デリケートゆえの純粋な存在と思いたがる大人たちを思いっきり裏切るくらい、障害者たちも健常者と変わらない生々しい生命力を有している。
それは考えてみれば当たり前のことで、人間の本性の前には障害も健常も関係ない。
最近、若い聴覚障害者たちの悩みを聞いていると、やはり今も昔も変わらない愚かな大人たちに苦労させられているとのことなので、ここmixiにて本性を思いっきりさらけ出せるコミュを作るべきかなと考えるようになった。
コミュのシンボルはケン・ラッセル監督の映画「トミー」のモンロー教のシーン。
ごらんの通り、バカな大人たちを黙らせるには持ってこいのインパクトである。
我々は我々の性器にキスし、我々の性欲が導くものを崇めるのだ。
と、ここまで考えたので、後はゆっくりコミュの名前を考えることにしよう。
一瞬、デフ・コック(DEAF COCK)ってのが浮かんだんだけど・・・笑。
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