昨日、ココが指に刺さったトゲが抜けないと私に親指を差し出してきたので、五円玉の穴でトゲを抜き、仕上げに親指を丹念にしゃぶってあげたら、急に身体を仰け反らせて悲鳴をあげたのにはびっくりしてしまった。
親指を通して、ブルブルと痙攣してきたのが伝わり、その痙攣の仕方から何が起こったのかを瞬時に悟った。
イッたのである。オーガズムというやつだ。
親指を吸われただけで何をバカな、という読者もおられるだろう。しかし、それはほんとうにイッたことがないから疑念を持つだけのことで、頭が真っ白になるほどイッたことがある者は、例え髪の毛を撫でられただけでも絶頂に達するということを理解するのである。
私は様々なイキ方をしてきているので、当然、射精以外の絶頂感も多く経験しているだけに、イッたことがない者にほんとうのイキ方を説明するには、わざわざ押し倒さなくても言葉だけで事足りる。
単純なことで、自分が何に性的に昂奮するのかを知ることで、その知り方のスピードが瞬間的なものだということも頭に入れておくと言うだけである。
あなたは理性というものを身につけて以来、社会生活のなかで、性的興奮をさらけ出すことをよしとせずに覆い隠す習慣が染みついたことだろう。即ち、自分でイキそうなシチュエーションに出会っても、いわゆる一人ツッコミをしてしまって自動的に覚めてしまうのである。
それはそれで、社会生活の上で、自己防衛として役には立つのだが、代償としてそれなりのストレスを抱え込んでしまう。
部屋にひきこもっての自慰はそれなりにあなたを小さな死へと連れ去ってくれるが、メディアなどを通した他人に昂奮しているようではほんとうにイッたとはいえない。
重要なのは、詩人ジャン・コクトーが披露したという宴会芸、ペニスをモロ出しにしてテーブルに横たわり、手を触れずに射精したというような、「秘訣はメンタル面をピュアに保つこと」であり、自分自身そのものに昂奮することなのだ。
あなたはあなた自身の狂気と真っ向から向かい合えるだろうか?そして、その狂気と上手につきあえるだろうか?
それが出来てこそ、あなたはほんとうのオーガズムを体験するだろう。
もっとも、こう言われたからと、明日にでも出来るものではないから、とりあえず、「デストロイの間」を作ることをオススメする。
「デストロイの間」というのは、朔ユキ蔵のマンガ「少女、ギターを弾く」(ワニマガジン発行)で触れられた、ヒロインのストレス発散の部屋のことで、ヒロインはそこで爆音を鳴らしながら、破壊と自慰を繰り返していたのだが、この描写もまた、ほんとうのイキ方を教えてくれる。
一人になれる時間と場所を作って、そこで思いっきり叫んでみたまえ。
メチャクチャに。グチャグチャに。ドロドロに。バラバラに。
自分自身を徹底的に解体して、その果てに再び自分自身を組み立て直す。
その過程が、まさにイクことへの近道なのだ。
ココは自分自身に戻ってきた後、私の顔をじっと見つめて、「ごめんなさい」と言ってきた。それから下着を脱いで床を拭き始めたので、それでお漏らしもしたことを知った。
私はココの手を掴んで、下着を取り上げると、頭を撫でてから、四つん這いになり、濡れた床を舐め回してみせた。
それを見て、ココはまた悲鳴に近い声を口から響かせた。
後で聞くと、ココは私の吸い方、舐め方が赤ちゃんのそれを思わせて、ダイレクトに母性を刺激したそうである。
未熟な少女にとって、母性を感じるというのは、性的興奮そのものでもあるようだ。
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