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2010年01月09日23:47

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下宿、寄宿は住む人によって形を変える。

■安心“寮くん”管理人がいて食事も、掃除なし
(読売新聞 - 01月09日 17:41)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=1073016&media_id=20

昭和30年代、若きオヤジが経営者として始めた業務が「下宿屋」だったんですよ。
お寺のすぐ近くにあったオンボロ雑居店舗(タバコ屋、雑貨屋、牛乳屋、新聞屋がくっついた横一列の長屋みたいな木造建築でした)を買い取って、下宿屋に改造して、貧乏学生相手に始めて最初の10年間は平和にやっていけたようですが、昭和四十四年(1969年、私が生まれた年でもあります)に廃業してしまったきっかけは、左翼学生の巣窟と化してしまったからです。
オヤジと結婚したてのオフクロはヒッピーで新宿でギター弾いてたりなんかして、左翼の側の人だったんですが、オヤジは面倒なのは一人だけでいいなんて言ってたそうです。

でも。

そんなオヤジの下宿屋への想いは、息子の私に違うベクトルで影響を与えました。即ち、建築デザインにおけるレトロ趣味です。
元々、幼少時、私が口話訓練を受けていた国府台の聾学校には全国からの学生を受け入れる寄宿舎がありまして、戦前陸軍施設を改造した校舎だけに、寄宿舎も軍関係の建物でよりによって何人も死んだであろう病院を改造したものでした。
受付の間はそのまま応接間かプレイルームに使われていましたが、昼間でもただならぬ霊気が漂っていたものです。
実際、そこでは何度も女性の幽霊が目撃されておりました。
それで、怪奇趣味タップリの私が用もないのに寄宿舎に入り浸っていたものですから、いつの間にか間取りを全部覚えて、その経験が後のレトロ建築趣味へと昇華していったわけです。

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生活感溢れる下宿学生の生活風景も建築デザインのひとつと考える私は、写真撮影の件で漫画家の丸尾末広さんを青林堂経由で訪れる機会に恵まれて、上野の遊郭を改造したアパートに向かったのですが、そこで目にした風景も実にたまらないものがありました。

それから東大生にとって伝説の巨大下宿館「本郷館」。

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三階建ての木造建築、ここまでくると、もはや映画「千と千尋の神隠し」の世界のようです。
この風景も私を魅了し、

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円形建築がより多くの下宿人を有するというメリットと円形の外観の不思議な魅力に取り憑かれ、「本郷館」が円筒状にさらに高く聳え立つという妖怪マンションを夢想するまでになりましたが、オヤジの失敗を克服するためには、下宿、寄宿、そして木賃宿をひっくるめてすべて、香港にあった九龍城砦のようなスラムと考えなければダメなんですよね。
思想、宗教など一切を問わない、経営重視でやっていくことこそが民間で成り立っていく秘訣だと考えます。

実は、最高のモデルが存在します。それは南千住(山谷)の労働者向けの木賃宿路地。

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形態は一応ホテルですが、何十年も逗留している労働者が何人もいますから、立派に民間の寮のモデルとして大いに参考になるはずです。
一度視察すれば、社会の厳しさを目の当たりに出来て一石二鳥ですしね。
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