マイミクのヨーロッパ先輩さんが「時をかける少女」を持ち出して、四十路の我々には懐かしいSFジュブナイルについて語っておられたので、私も熱くコメントを寄せた。
それがきっかけで、今までずっとSFジュブナイルについて考えていた。
まず、SFジュブナイルとは何か?
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A5%E3%83%96%E3%83%8A%E3%82%A4%E3%83%AB
四十路の我々にとっては、昭和50年代に図書館などで読めた、少年少女向けのSF読み物であった。
ざっと思い出すだけでも・・・
これらの作品を図書館から借りて読んだ記憶が蘇ってくるし、映画は「星の国からきた仲間」が生まれて初めてのSFジュブナイルものだった。
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=21485
映画以前には、後で教えてもらったが、幼少時の私はNHKで「タイムトラベラー」などの少年ドラマシリーズを観ていた。
「タイムトラベラー」は「時をかける少女」のテレビドラマ版である。それだけに、大林宣彦監督版を観た時は、奇妙なデジャヴを感じたものだ。
そして「ねらわれた学園」を最後に、私はSFジュブナイルから卒業して、大人向けのエロい、グロい、物語に傾倒していったのだが、今回のヨーロッパ先輩さんの日記で、私がどれだけ多くのSFジュブナイルを読んできたか、そしてどれだけこのジャンルを愛していたかをまざまざと思い出させてくれた。
ヨーロッパ先輩さんは語る。
それは、今読んでも面白いが、
もはや、SFジュブナイルは時代小説でもあると思う。
今の子供達を主人公にして果たして「僕好み」なSFジュブナイル小説は
どう考えても期待できない。だからこそ、「あの時代」だからこそ
輝くジャンル小説だったのではないか。
しかし、私は期待出来ないのは、平成の我が国に児童向けのSFを著す作家がいないからだと断言する。
実際、イマドキのティーンエイジャーが児童向けSFを読んでいるところを見たことがあるだろうか?
せいぜい、アニメ版「時をかける少女」の影響で筒井康隆の原作を手に取る程度なのである。
SFジュブナイルは決して、昭和のかび臭いジャンルではないのだ。
子供たちはその生命力ゆえに、明日にでも未知への冒険者たりえるのだから。
従って、SFジュブナイルで育った我々大人たちの役目は、子供たちに空想の広がりと素晴らしさを教えることであり、現在、衰退と滅亡の道を歩みつつあるテレビ業界の再生はジュブナイルに力を入れることにつきると確信する。
質のいい児童向けの番組を民放でも増やすこと。
それは、「あばれはっちゃく」のお父さん役で知られた東野英心氏の悲願でもあった。
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%B1%E9%87%8E%E8%8B%B1%E5%BF%83
それが日本の少年少女の心を養うと信じて疑わなかったのである。
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