2004年11月04日(木)
白蛇屋敷のこと。
今回の新潟中越地震で、豪雪地帯特有の、高床式のぶっとい柱の家々はそんなに被害を受けなかったことをニュースで知った時、私は妙高の本家を真っ先に思い浮かべていた。
赤倉山を望む南地獄谷の脇の鬱蒼とした森の中に、大きな切り株のように建っているその家屋敷は、やはり、豪雪地帯特有の高床式の造りである。
中に入ると、まず、大黒柱のでかさ、太さに、圧倒される。
大黒柱だけでなく、どの柱も太い。
雪の重みに耐えるためだ。
寒い時は影も形もないが、暖かくなったり、暑くなったりすると、柱の上、梁の上を這いうねるものが目に入るようになる。
蛇である。
それも、白蛇なのだ。
白蛇が棲みついたのが先なのか、本家が白蛇を祭ったのが先なのかは分からないが、この屋敷では昔から白蛇と共同生活していた。
父は母と結婚する際、本家へ挨拶しに行って、そこで蒸し暑い夏の夜を過ごしたのだが、寝ている布団の上へ数匹の蛇がボタリボタリと落ちてきたのには閉口したと、母のいないところでこっそり話してくれた。
私自身も、何度も蛇の襲撃を受けたので、蛇を含めた爬虫類系は何とも思わなくなってしまった。
本家は、そんなわけで、「白蛇屋敷」と陰口を叩かれたり、蛇にかこつけて、根も葉もない噂が流されたりした。
私が耳にした噂はこんなものである。
「白蛇屋敷」の者たちは、蛇と同じように脱皮するのだと・・・
だから、精力旺盛で、いつまでも若々しいのだと。
そして、蛇のように執念深く、並外れた根性を持っているのだと。
確かに、母方の一族は、執念と根性が見事に融合した性質があるが、それは何もうちに限ったことではなく、豪雪地帯の人々特有の性質だと私は声を大にして言いたい。
蛇はともかく、柱の太い家屋敷はうちだけではないのだ。
私も、子供の頃から、本家で雪下ろしを手伝わされていたから、腕っ節も肝っ玉も大黒柱のように太くなってしまった。
親愛なる読者諸君、雪国の越冬がどんなものか想像してみるといい。
二メートル以上の積雪に被われた家屋敷の中で、じっと、まさしく冬眠のようにひたすら雪解けの春を待つのである。
今は昔ほどひどくはなくなったが、それでも、山の方はいまだに「冬季閉鎖」そのものなのだ。
冷え冷えとした家屋敷の中で、じっと引きこもる・・・
雪下ろしをして、暖を取っての繰り返し・・・
はっきり言って、都会者だと、とてもじゃないが精神に異常をきたすことは確実であろう。
昔の人が雪女に出会ったように、雪の中に何かを見て騒ぐことは請け合いである。
雪国の人間ですら幻覚を見るのだから、都会者はもはや社会復帰がのぞめないほどに壊れるだろう。
従って、母方の一族も含めた雪国の人間は、精神力の強さが全然違うのだ。
家屋敷と同じく、心も太い。
それでも、私の性格を通して、母方の一族に蛇性を認めるのなら、それは多分、雪国の人間がかつて蛇そのものだったのだと言ってしまおう。
這いうねるものが、次第に手足を生やして、鱗を落として、地を歩くものになったのである。
そう考えて、蛇のように執念深く生き延びることが出来れば、新潟中越地震からは必ずや完全に復興出来るはずである。
・・・・・・
見附のイエアゴー伯父は、家族とともに妙高の本家にしばらくやっかいになることになったが、私は伯父が家族とともに行動するのを嫌って、見附で頑張っていたほんとうの理由を知っている。
伯父は大の蛇嫌いなのだ。
ご愁傷様。
今日はここまで。
ログインしてコメントを確認・投稿する