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2008年12月18日23:18

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リアルから偶像へ。(再掲載)

エジプト男性、靴投げたイラク人記者に「娘譲りたい」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?id=699847&media_id=52

ブッシュは確かに悪党である。
それは全世界の人々が確信していることだ。
ブッシュが愛国心を口にする度に、私はサミュエル・ジョンソン博士の有名な定義である、「悪党が最後に訴えかけるもの」という言葉を思い出し、そしてこれをあげて、「悪魔の辞典」にてアンプローズ・ビアスが「最初に」と訂正していることも思い出した。

私はよく使う下品な冗談として、クリントンよりもブッシュの方がヒドイという意味で、欧米人たちに「クリトリスよりもプッシーの方がグロい」と言って、哄笑、失笑を得た。

Pussy is more grotesque than clitoris.

しかし、この冗談は英語に堪能なアラブ系の人には通じなかった。
イスタンブールから仕事で来日したというアラブ系の青年と浅草で飲む機会があって、アメリカ憎しで意気投合したのだが、私の下品な冗談には黒々とした大きな瞳を悲しげに、さらに大きく見開くだけだった。
「そんなことをおっしゃると口が穢れますぞ」と、こちらが恐縮するような堪能な日本語で彼は言ったものだ。
「穢れたものは、穢れたものをぶつけるのが一番いいのです」と、それっきり黙りこくって、そのまま別れたのだが、今回の件で、靴がそうだったのかと感慨深く思った。

あれやこれやと思い出して。

靴を投げつけたアラブ人記者本人のリアルな人間像は、今や、影も形もなくなって、すべての作家が本来、ほんとうに本来、頭をふりしぼって書かねばならない、「偶像」の彼方へと飛び去ってしまっていることにニヤッと笑ってしまった。
考えてもみるがいい、義侠心によって悪党に靴を投げつけた男が一夜にして英雄に祭り上げられてしまうことで、彼自身の反応はいかなるものであることか・・・
私は作品に起こすならば、記者の生い立ちなどは一切無視して、あえて「偶像」の彼方、つまり幻想の側からリアルさを追い求めるというやり方で物語ることであろう。
ニュースで知り得ることのみを材料にして、あえて遠回りして、記者の人間性を浮かび上がらせるというのは、作品として面白い試みだし、また、現実の悪党に対する大いなる嫌がらせとなるだろう。

作品に起こす前に、もう一度、願わくは、イスタンブールの彼に再会して、靴投げ記者を賞賛するとともに、千夜一夜の時代からの微笑ましいアラブ人気質を幻想の彼方からの横糸にし、現実の政治的ストレスを縦糸として、今度はもっと上品な冗談を披露して、彼自身の哄笑をこの耳で聞きたい。

試しに、当寺の副住職であり、インド人であるミスラ君に、「これで結婚したいアラブ人の若者たちは、欧米の要人たちが来るたびに、靴を両手に持つだろうな」と言ってみた。
すると、ミスラ君はこう返した。
「どうせ要人たちは、ブッシュの真似をして素早くかわすことを武道の達人にでも習ってマスターしますよ」
なるほど、古いが、映画「マトリックス」のネオばりに、華麗な身のこなしで靴をかわせる要人がいたとしたら、逆に彼自身が英雄と祭り上げられてしまうだろう。

しかし、こうして笑うのは、決しておかしいから笑うのではなく、その裏に横たわる悲しみを表情に出さぬために、昂ぶる感情を無理矢理笑いに置き換えるのだということを、我々は決して忘れてはならない。

さらに。

悲しみが深ければ深いほど、事態は滑稽なほど複雑さを極め、その滑稽さから乾いた、リアルな笑いが生まれることも覚えておくべきである。

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