mixiユーザー(id:1640816)

2008年08月10日23:00

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膨れ上がる夢の中の風景。

ラヴクラフトは夢について、「第二の人生」であるという見方をしていた。
即ち、夢の中の世界も、見る者が個人の精神、肉体で実際に経験する世界なのだと。
だからこそ。
ラヴクラフトが夢から着想を得て書いた物語はどれも生々しい。

あなたは幼少時代の一番古い記憶について、どれだけ思い出せるだろうか?
また、一番古い夢の記憶も?

それを思い出すことで、現在進行形の人生に組み込んで、リアルなものにすれば、心は決して枯れることなく、また脆く壊れることがないというのが、私の信念のひとつだ。

幼少時代のイマジネーションこそは、何かをもっと見よう、知ろう、触れようという生命力溢れる欲望に満ちた「絵」だからだ・・・

私が生まれて初めて見た光景は、母によると、新宿駅の西口だったそうである。

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確かにこの巨大な通風口は昔から見覚えがある。
東京女子医大で産まれた私は、帰る途中、父の運転する車の中から、母の腕の中でこの光景から視線を動かさなかったのだそうだ。
夢の中では。
この通風口が別世界、異次元、天国、地獄へ通じていると感じたのか、そこからどこかへ行きたがっていたという感情が一番古い記憶だ。

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幼稚園の時に何かの資料で以下の写真を見て、やっと、私の「どこかへ行ってしまいたい」病は鎮まったのだが、

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この写真は写真で、建築と廃墟への執着への遠い要因になった。

私の夢の中の光景には、必ず、新宿駅西口が現れる。
そこから世界が始まって、浅草、市川と世界が広がり、国内、海外と実際に体験した世界が「濾過」されて、夢の中の光景として再び体験していくと・・・人間の心はほんとうに自由気ままなのだとあらためて感じ入る。
例えば、東京メトロに乗ると、銀座線でいつの間にか高知駅に着いてしまうとか・・・
しかし、その高知駅は、地下にあり、そこに横たわる高知城下の街並みは常に暗い。
こういう風に、いつも見慣れている光景が、夢の中では全く自由気ままに姿を変えて、心に刺激を与えてくれる。

退屈は死だ、だからこそ、常に刺激を求め続ける・・・

しかし、退屈を退屈と感じるまでもなく、生命力というものは、基本的に動き回るものであり、跳ね上がり、そして膨張するものではないだろうか?
それは心も同じで、生きている限り、渇くのを嫌がって潤いを得ようと心の「手足」を至るところに伸ばすのも自然な行為といえよう。

夢の世界ではその行為がいちばん如実に表れるひとときであり、だからこそラヴクラフトが言う「第二の人生」たりえるのだ。

従って。
これから先。
あなたは毎晩見る「夢」の世界を、単なる夢だったと軽く片付けないことである。
日々生きてきた証しとして、貴重な昨日の記憶として大切に頭の中にしまっておくべきだ。

そうすることで、これからどんどん辛くなるであろう現世を生き抜いていけるサバイバル・ツールとして役立てていけば、辛いからとやたらに人を刺したり、どこかへ飛び込んでみたりと強制的に自己完結するのは少しは減っていくかもしれない。

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そして。
悪夢でさえも、心は潤うのだということを知るべきである。
その理由は、夢の中の恐怖こそが、現実の恐怖に対抗出来る「教訓」であり、何よりもたまらないスリルを味わえるからだ。

私の夢の中の風景。
即ち、「内部風景」へのパスポート。
私が生きている限り、膨らむ風船のように膨張し続け、私の記憶は夢の分、膨大なものになるだろう。
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