このブログの紹介は「ハンドボールと男声合唱」である。しかし、最近はハンドボールの話題をほとんど書いていない。試合を見る機会がほとんどなくなったこともあるが、唯一の機関紙だった「ハンドボールイベント」が廃刊になり、競技の情報に触れる機会もなくなった。
ところが、今朝、起きがけにハンドボールの夢を見た。
なぜか、なにコラ(なにわコラリアーズ)がチームとして金沢に来て、3チームと試合をするという。それで、自分が大阪まで行き、なにコラのメンバーと一緒に金沢へ戻ってきた。ところが、自分は試合には出ない。コートの隅で得点係をしているのである。
ハンドボールは、教員になってから6年間、部活動の指導をしていた。その後、青年海外協力隊員としてシリアにコーチとして赴任した。帰国後、高校生を連れて社会人チームの練習に参加していたところ、そのまま自分もそのチームのGK(ゴールキーパー)になった。
実際に試合に出るようになったのは37歳からで、4年ほどだっただろうか。一度、全国教職員大会に選抜チームのGKとして連れて行ってもらったこともあるが、普段は県大会の1、2回戦で敗れることが多かった。一度だけ、くじ運にも恵まれ、高校生や大学生のチームを破って決勝まで進んだことがある。だが、首のヘルニアで動けなくなり、選手を引退した。
教員最後の10年間は、名前だけの副顧問だった。
こうして振り返ると、自分のハンドボール歴もそれなりに長い。指導者として始まり、シリアで教え、帰国後は自分が選手としてコートに立った。最後は身体の故障で競技を離れた。それが、なにコラと重なって夢に出てきた。不思議なものである。
前夜、U-NEXTでアジア大会のハンドボールの試合をちらっと見た。そのせいかもしれない。
しかし、なにコラは合唱団である。自分もメンバーとして舞台に立ったことがあるのに、夢の中では合唱ではなく、ハンドボールのチームになっていた。もっとも、なにコラでの自分の扱いは3軍レベルだったから、自分の中での重さはハンドボールよりも低い。ハンドボールでは指導者としても選手としても、長い時間を過ごしてきた。それに比べれば、なにコラでの経験は短い。
それでも、なぜこの二つが夢の中で結びついたのだろう。しかも、夢の中の自分は試合に出ず、コートの隅で得点係をしている。かつて指導し、選手としてもプレーした競技なのに、今はその外側から試合を見ているのである。
短い夢だった。起きてから、少し頭痛がする。夜中の1時に目が覚め、そのままNetflixのドラマをヘッドホンで聴いていたせいだろうか。ハンドボールの夢を見たことも不思議だが、そもそも、なぜ今になってハンドボールだったのか。
夢というのは、妙なものである。
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