mixiユーザー(id:10603903)

2019年05月13日09:50

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雑記 割とやりたい事ってすぐ忘れる。

例えば、旅行したい。京都だったり、九州だったり、行きたいって場所がある。

そうだ、温泉に行こう。箱根、草津、下呂、別府、道後、いろいろある。

バイクに乗りたいな。霧ヶ峰高原、伊豆スカイライン、東北、中部etc.

そうだ、創作をしよう!着ぐるみを作る?絵を描く?

やりたいと思うだけの事もあるけど、ふと思いつくことってけっこうたくさんある。
でも、同時に達成できるものもある半面、旅行をしては何かを作ることは出来ない。

どちらかに寄ったら、対岸にあるものからは離れざるを得ない。
そうやって取捨選択して人生は歩んでいくものだとは思うのだがー

如何せん忘れっぽい身、忘れてないにせよ制作からは遠ざかりここの所気合を入れた
遠征もせず、ただただ平日は帰って寝るだけの日々が続く。

人生は限りがある。
この肉体が健全なのもいつまでもつのかわからない。

出来るときに出来ることをしなかった後悔はいつかするのだろう。
今では感じられない価値がきっと今あるはず。

それを食いつぶしてしまっている今に焦りを感じつつもいまいち気持ちが乗らない昨今。
何の達成感もなく、成果もなく、浪費しただけの人生に押しつぶされるのは未来の自分。

他人と比較なんかしなくたっていい、その精神はとても大事だが
経験、成果、技能、何かを積み上げて組み上げて行くことをおざなりにすると
自分には何も残らない人生になってしまう。

所謂ステレオタイプの人生は社会的な安心感を得られる。

中学を出て、高校受験を越え、大学に入り、就職を経て、家庭を持ち、人を紡ぐ。
その輪の、古来から続いてきた血を絶やさないように、血筋の1つの道になること。

しかし、それが幸せではないのだと今の人生観は語る。
人は自由に選択をして良くなった。

結婚をしなくていい。子供をつくらなくても良い。
同性同士で生涯を共にすることも悪ではない。

1人で生きて、趣味に没頭したっていい。
ステレオタイプで幸せな人生を歩めるのは一部の富裕層だけなんだ、とすら思う。

3月で制作に躓いて放り投げてからぼーっと生きてGWも開けてしまった。
今更五月病になるほどネガティブでもないが、なんだか目が覚めたような感じがして
逆に何かをしないといけないような気持ちに駆られている。

本題に戻ると、本当はやりたい事ってたくさんあって。
でも今そのどれにも向き合ってない自分がいる。あと単純に忘れてるものもある。

やりたい事を箇条書きにしよう。
1つずつ少しずつこなしていけばいいさ。

制作だってしたらいい。旅だってしたらいい。

何かをしたい気がしているのに何にもしなかった自分を責めることもしない。
こちとら平成初期産のキャブ車。調整しないとカブるからね!



と、やりたい事やってるかつての親しき友人の姿を垣間見て思うのでした。
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