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2018年12月29日08:24

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減点法の時代。

昔の美人というと、マレーネ=デートリッヒや、山本富士子、さらには、原節子、吉永小百合、美人というのとは違うかもしれませんが、ブリジット=バルドーなど、代わりがいない顔立ちでした。
好みはあるでしょうが、その人しかいない。代わりとなる人がいない。そういう存在でした。

今でも、そういう顔立ちの人は、います。
しかし、減点法の時代です。
スターになりません。

では、実社会ではどうかというと、
教え子で、昔の美人タイプの完璧な美人がいました。ところが、モテるということは特になかったようです。性格もよく、成績もいい(嫌味にならない程度。早稲田D判定程度)のですが。恐らく、あまりにも、「代わりがいない」ほどの美人だから、だからこそ、他の女子の反発があるなど賛否が分かれる存在だったからだと思います。

昔、安室奈美恵さんの全盛期に、
「嫌われない顔だから、人気がある」という週刊誌の記事をみて、膝を打ったことがあります。
確かに、あの顔をみて、「生意気だ」とか「お高く留まっている」などと思う人はいないでしょう。
そうか。
人気者を自分も何となく好きになるように、
自分が好きな顏というよりも、みんなが嫌いではない顔を、いつの間にか好きになるという心理か…
と思いました。

「欲望は伝染する」(ルネ=ジラール)と同時に、感情も伝染します。
よく見かける光景に、80人クラスの授業で、稀に私がおもしろいことをいい、爆笑してくれた。聞いてなかった子も爆笑し、「今、やっちゃん、なんて言ったの?」と、隣の人に聞く。あれと同じです。

しかし、昔はちがったと思います。
この話題で思い出すのは、昭和四十年頃のお年寄りのインタビュー(人から、世代間の断絶のあらわれとして聞いた話)です。
「おじいさん、どういうタイプの女性がお好みですか?」
「藤圭子だ」

これは、後味がいいですね。
どういうおじいさんか存じ上げませんが、「そういう男性なのだ。たとえば、薄幸そうな女の人を、支えたい、抱きしめたいというような趣味嗜好を持った人なんだなあ。」と。
当然、自分が藤圭子ファンだということを他人が知ったらどう考えるかなんぞということを、このおじいさんは考えもしていないでしょう。

減点法それ自体は、ただちに悪いものではないでしょうが、
たとえば学会などでも、反対者の存在を気にするという論文が幅を利かせている点が気になります。新しいものは賛否両論ある論文からしか生まれません。

他人が怖いからです。
新しいものを作るとき、他人の評価を気にしたら何も始まりません。殴られるわけはないのですから、気にするのは、馬鹿げています。


「世界で最も美しい顔100人」発表 小松菜奈・石原さとみ・TWICEサナらがランクイン
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=137&from=diary&id=5438342
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