津川さんは昭和十五年生まれです。
どうしてあの年代の人は、他に代替できない個性の持ち主が多いのでしょうか。
津川さんや朝丘雪路さんも、
男優でいうと、大正生まれですが鶴田浩二、昭和ヒトケタの菅原文太さんなど、女優では、山口淑子、原節子、若尾文子や吉永小百合に至るまで、この世にたった一人しかいない…というアウラ(ベンヤミンのいっている「本物感」)を持っているのは、あの世代(大正末〜昭和十年代の世代)です。
今は、悪くいい過ぎかもしれませんが、
他の人でも代役が勤まる、イケメンや美女が溢れています…
ご冥福を心からお祈りします。
俳優の津川雅彦さんが死去
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=84&from=diary&id=5235033
昨日、上司(東洋文化研究所のほう)と飲んで、
東郷克美先生など、
昭和ヒトケタあたりの人が、あまりにも偉大であり、この世代がぼくらの指導教授だったが、偉い人につきすぎたかもしれない。委縮の心理があった…という話になりました。
この旧世代は、私らの父親の世代。よくわかっているはずですが、なぜでしょうか。
不思議ですね。
勉強の環境という点では今の方がはるかに整っていて、経済的にも豊かなのに…
(予備校の教える技や体系性は、国語に関しては、昭和三十年代を中心とした世代のもののようです。しかし、これは、学問を純文学としたら、漫画のようなものです。)
若い世代が、旧世代の残したものを超克しきっていない、だらしない…ということでしょうね。
頑張らないと。(うまく行くかどうかはともかく、ささやかなものですが、パラダイムシフトを目指して、仕事をしています。一つ終り、もう一つは秋口までです。)
学問だけではなく、政治も同じです。
民族解放戦線××将軍が政権を握る、どこかの途上国並みの事件が起こる昨今をみると、ますますその感を強くします。
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