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2015年06月01日07:35

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国立大学から、文系が廃止される?

http://president.jp/articles/-/15406

ひどいものですね。

重要なので、
半分に分割して保存します。





「もう無理!」東大を去る教員が続出している


内田 樹 
1950年生まれ。武道家。合気道凱風館師範。神戸女学院大学名誉教授。専門はフランス現代思想、武道論、教育論など。『街場の戦争論』など著書多数。2011年11月、神戸市内に武道と哲学のための学塾「凱風館」を開設。写真はその道場で。

国立大学から「文系」が消えようとしています。2014年8月、文部科学省から全国の国立大学へ、「教員養成系、人文社会科学系学部の廃止や転換」が「通達」されたのです。13年6月に閣議決定された「国立大学改革プラン」を受けたものでした。

この件は、「東京新聞」などの少数を除いて、ほとんど報道されませんでしたが、日本社会にとって由々しき問題です。国立大学の教員でも、この問題の深刻さについて積極的に発言しているのは横浜国立大学の室井尚教授ぐらいです(室井教授が課程長を務める横浜国立大学の人間文化課程は、先の通達によって廃止が決定されている)。その他の教員に特に大きな声を上げている人はいないようですが「もう何を言っても無駄」というのが本音でしょう。

1991年の「設置基準の大綱化」を皮切りに、「学部再編」「独立行政法人化」「グローバル化」と、国立大学は「制度改革」を重ねてきました。当初は旧態依然とした大学を、時代に合わせて「改革」することに、一定の理解を示す大学教員も多くおりました。私もその一人でした。大学はあまりにも長く安閑と日々を送り過ぎ、研究もせずに定年まで過ごす教員も少なくありませんでしたから。

しかし、実際に「大学改革」に取り組んですぐにわかったのは、文科省が推し進めるような「改革」では大学の教育研究にとって得るものより失うものの方が多いということでした。文科省の矢継ぎ早の要請に応えるために会議と書類書きばかり増え続けましたが、教員は生身の人間ですから、制度改革のための時間は教育研究に充てる時間を削って絞り出すしかない。しかし、今回の通達によって大学教員への作業負荷は極限に達しました。「もうこれ以上は無理」というのが教員たちの偽らざる本音でしょう。

ですから、すでに地方の国立大学からは私立大学への教員の流出が始まっています。残った教員たちの間にも制度改革に対する「厭戦(えんせん)気分」が濃厚です。労働負荷だけが増え、予算配分も、権限も削り取られるわけですから、そこで「これまで以上の努力をする」気になる人がいたら、その方が異常でしょう。

もう何もしないで定年を待つという教員たちが増えている。東大さえ例外ではありません。定年まで何年もある人文系の教員たちが次々と辞めています。大学に残っているともう自分の研究ができないとわかっているからです。

この四半世紀の国公立大学の制度改革の意味は一言で言えば「大学の株式会社化」でした。学長がCEO、政府と財界が「株主」、受験生と保護者が「市場」です。産学協同で研究資金をかき集め、グローバル経済に最適化した即戦力を輩出して、市場に好感されれば志願者が確保できる。そういう営利企業の発想をそのまま大学に適用した。

その過程で教授会は人事・予算だけでなく教学や入試・卒業判定についての決定権まで奪われてほぼ空洞化しました。学長からのトップダウンで全部決まり、「市場」が求めない研究教育には存在理由がない。巨額の費用のかかる研究を続けたければ外部資金をとってくるしかない。そういうロジックが罷(まか)り通っている。地方の国立大学では年間研究費が15万円という研究室もある。これは外部資金をとってこられない研究者は定年まで研究室に寝ていろというのと同じことです。

その結果、当然予測されたことですが、日本の学術研究レベルは急激に劣化しました。学術論文数は研究レベルの指標の一つですが、2000年頃には米国に次いで世界第2位だった日本の論文数は独立行政法人化が始まってから急減し、中国、ドイツ、英国に抜かれ、凋落(ちょうらく)の一途をたどっています。研究時間を制度改革のための会議と書類書きに費やしているのですからアウトカムが減るのは当たり前のことです。

「株式会社化」は教育機関だけにとどまりません。地方自治体も医療機関も、あらゆる社会組織を効率と採算に基づいて再編し、「グローバル資本主義」に最適化するというのが現在の政官財メディアの採択している国家戦略です。

しかし、行政や医療や教育はもともと営利目的のための制度ではありません。共同体を支える基盤として歴史的に形成されてきたものです。教育の第一の目的は「次世代を担う成熟した市民の育成」です。まっとうな公共的感覚を持った市民が一定数いないと共同体は保もちません。当たり前のことです。

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