「カムイ伝全集」白土三平著
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私は「サスケ」が初めての白土三平体験だったが、子供だった私の心をこれでもかと打ち据えたのは、白鹿の話だった。
サスケの父、大猿が、病人たちに白鹿の肉を食べさせて、暗示で治すというものである。
これはほんとうに、トゲとなって、今でも心の奥深く突き刺さっている。
このトゲの痛みのおかげで、私は人生と真っ向から組み合って生きていける。
「カムイ伝」、「カムイ外伝」も「サスケ」と同時期に読んでいったけれども、白鹿の話と同じく、私の重要な人格形成の基礎を作り上げたと言ってもいいくらいの話は、何といっても、「五ツ」である。
カムイを追う凄腕の忍者、名張の五ツ。
冒頭で、子供たちがいじめる五本足の奇形のカエルを助けてやる五ツ。
これだけでも、五ツの存在は私の心に深く浸透した。
そして、カムイと対決して、互角に渡り合って、お互いに生き延び、カムイと同じく抜け忍となる五ツ。
五ツを裏切り者として処刑しようとする見張り役を、「最後の手」で討ち果たす五ツの胸からは三本目の腕が。
五ツは生まれながらに三本の腕を有する奇形だったのだ。
最後のページでの、白土三平の言葉は記憶する限り、以下の通りだった。
私は、小学生の時五本足のカエルをつかまえたことがある。
その時は珍しいと思って、驚いただけであったが、今になって、そのカエルがカエルたちの中でどのような生活をしていたかを考えてみた。
身分、あるいは他のいかなる理由による差別も私は絶対に反対である。
人はそれぞれに能力を持っているものだ。
だが、現実には、様々な形で差別が残され能力を押さえられ、ひねくれさせてゆく。
こんな時代おくれなことは早くなくしたい。
「五ツ」が発表されたのは、六十年代である。
今年で五十年近くになろうとするのに、現社会はいまだに時代遅れなままというのは、大人の一人として全く子供たちに申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
だから、せめて、私は子供たちの目につく場所に、わざと上記のカムイ伝全集を並べて置きたい。
読め!というのではなく、花を生けるがごとく自然体で。
しかも、この作品で何かを学べ!というのでもなく、風に吹かれるがごとくありのままで。
差別社会というものに力こぶを入れるのは、実は全く必要ない。
白土三平の真意は、「生きる」というものがどういうことかを描くために、「差別」を持ち出しただけなのだから、私は部落解放だとか、障害者に対する差別への対策だとかには、全く露ほどの興味がない。
より差別を広げるだけだと分かっているからだ。
ただ、どうやって「生きる」か。
ほんとうに、それだけなのだ。
それをサスケ、カムイ、そして五ツが幼い私に教えてくれた。
今の子供たちにはキツイかも知れないけれども、是非、彼らの生き様を見て欲しい。
今の父親の背中よりは、数段、見る価値はある。
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