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2006年12月19日23:22

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三歳以前の記憶のこと。

人間は一体どれぐらい子供の頃を覚えていられるものなのだろうか?
時々、何かのひょうしに、こういう疑問が浮かび上がるのだが。
今日は、回覧板を持ってきた近所の若奥さんが、うちの三歳になる息子が産まれた時のことを覚えてると言い出したというのがきっかけだった。
私はニヤッと笑って、覚えていられるのも今のうちですからな、心配いりませんやと言ったのだが。
私には、さすがに産まれた時の記憶はないが、三歳以前のうっすらとした記憶はある。
上に掲げた二枚の古い写真は、どれも私の赤ちゃん時代のものなのだが、写真を眺めていると、浅草寺のだだっ広い砂利をザクザク歩き回って派手にすっ転んだことや、市川の実家の裏庭で一子姉さん(父方の親戚)に抱っこされてしきりに姉さんのオッパイを執念深くまさぐっていたことを覚えていることを再認識させられる。
写真なしではどうか。
やっぱり、お宮参り(明治神宮)の帰りに寄ったという、東京タワーのおぼろげな記憶だろう。
それと、何か、車に乗っていて、新宿の駅前に突き出た空気口を好奇心たっぷりに眺めていたことも鮮やかに覚えている。
このへんの記憶を鮮烈に料理してくれた映画がある。
テリー・ギリアム監督の「未来世紀ブラジル」だ。
大都会の真ん中を通っていくと、大空にいきなりホームレスの顔が現れて、画面が切り替わると、ガラスケースの中の模型を覗きこんでいるホームレスというシーンだ。
多分、ホームレスと重なったのは、私の母だろう。
六本木や新宿でヒッピーをやっていただけあって、髪型は私が幼稚園に入るまではジャニス・ジョップリンそっくりだった。
とにかく、よく言われるのだが、耳が悪かったから、記憶には音声がほとんどなく、いつも静かな風景しかないのでは?という見当は、残念ながら全くの的外れである。
浅草寺の雷門の前の柳のところで、飴細工売りの叩く鐘の音なんかよく覚えているし、あまりにもしつこくオッパイを揉むもんだからとうとう泣き出した一子姉さんの声も耳の奥に残っている。
それに、私はよく物を投げるクセがあったそうで、何かが壊れたり、砕けたり、割れたりする様々な音も覚えている。
この話をする度に、耳鼻科の先生なんかは、難聴なのにありえない、想像の産物だと片付けてしまうのだが、物心がつく以前の私は確かに聞こえていたのだ。
オヤジもオフクロもそう思っていたから、補聴器は全然考えていなかったという。
祖父の話では、物心がつく前は、前世の感覚が残っていることもあるとのことだが、そうすると、上の写真の私は前世の私の名残なのだろうか?

・・・・・・

読者のみなさんも、そして当然、リアルで私に会ったみなさんも、とても私とは思えない、可愛い男の子ぶりに、前世の名残の説を信じてしまうかもしれない。
実際。
私の幼児時代を知っている女性の、私についての口癖はこうである。
「あんなに可愛かったのに、こんなにムザンになっちゃってねえー、時の流れってザンコクだわねえー」
しかし。
実は、三歳を超えてからは、私の心はずっと可愛いままなのである。ニヤリ。

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