mixiユーザー(id:15337934)

2026年08月30日07:07

41 view

8月31日(8018)

「暦」について、授業でよく話した。

たとえば7月は31日、8月も31日である。大小、大小と来ていたのに、なぜここで順番が逆転するのか。7月はJuly(ユリウス・カエサルの月)、8月はAugust(初代ローマ皇帝アウグストゥスの月)である。

カエサルは皇帝になれずに暗殺されたが、その後、甥のオクタビアヌスが初代皇帝となり、アウグストゥスという尊称を与えられた。そこで、カエサルの7月が31日なのに、自分の8月が30日では格好がつかない。そこで8月も31日にした――という話である。しかし、どうやらこれは後世に作られた俗説らしい。

もう一つ、古代ローマでは8月が年の始まりで、7月が年末だったから、年末と年初を同じ31日にしたという説もある。これもどうも違うらしい。

そもそもローマでは、もともと3月が年の始まりだった。その名残は、現在の月の名前にも残っている。Septemberは「seven 7番目」、Octoberは「eight 8番目」、Novemberは「Nine 9番目」、Decemberは「Ten 10番目」という意味である。つまり、3月を1番目として数えれば、つじつまが合う。

では、なぜ今は1月、2月がその前に来ているのか。暦というものは、政治や宗教、生活の都合によって、少しずつ姿を変えてきたのである。

エジプトの暦も面白い。ナイル川の氾濫と、明け方の空に現れるシリウスとの関係を観察し、そこから一年の周期を知り、太陽暦を作った。人間は、空を見上げ、川の増水を観察しながら、「一年」という時間をつくっていったのである。

元号も同じように、人間が「時」に名前を付けたものだ。

中国では、前漢の武帝の時代に「建元」という元号が初めて定められた。それ以前は、皇帝の即位何年という数え方だった。元号は、天変地異や吉兆などをきっかけに改められることもあり、その長さに一定の決まりはなかった。

明の洪武帝の時代(1368)は、一人の皇帝につき一つの元号という「一世一元」を作った。天の命を受けて地と人を支配する皇帝も、時そのものを支配することはできない。ならば時に名前を与え、それを支配することで、政治をも支配する――そんな思想が背景にある。元末の紅巾の乱の一首領として百姓から皇帝まで成り上がった朱元璋(洪武帝)ならこそである。

日本は明治にこの制度を採用した。日本の元号で一番長いのは昭和の64年、次いで明治の45年、平成の31年と続く。昭和天皇が1989年1月7日に死んで、翌8日から平成になったときは奇妙だった。一人の人間の寿命によって、国中の暦の名前が変わるのである。

前年夏ごろから昭和天皇の病状が連日報道され、下血が伝えられるたびに各地で自粛が広がった。テレビの番組も、世の中の空気も、なんとなく落ち着かない。年が変わるわけでもないのに、日本中が「次の時代」を待っているような、不思議な時間だった。

人の死を待つような気味悪さもあった。それがあってか、平成は天皇が生きているうちに退位し、31年で終わった。それはまあ、潔いと言えば潔い。

とはいえ、やはり自分は西暦しか使わないので、今でも元号は気に入らない。他人の名前で時をカウントするなんてまっぴらだ。

授業では、こんな話をよくした。今では、こういう話題をすることもなくなった。知識というのは、使わなくなると消えてしまう。いや、消えてしまうというより、長い年月の中で、体の中に埋没していくのかもしれない。

0 0

コメント

mixiユーザー

ログインしてコメントを確認・投稿する

<2026年08月>
日 月 火 水 木 金 土
      1
2345678
9101112131415
16171819202122
23242526272829
3031     

最近の日記

もっと見る