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2025年07月21日16:26

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『あなたに甘い花束を』

 「海が好き!2025」https://www.pixiv.net/artworks/131956767の参加作品です。
 『聖闘士星矢』の二次創作作品で、時系列は原作の5年前。カノン23歳、バイアン13歳、イオ12歳、テティス10歳です。
 海界の描写には私のオリジナル設定(『ポセイドニア・コモーディア』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=3455689等を参照)が入っていますが、未読でもこの話単体で読めるかと思います。
 バイアンやイオにとって、カノンは「何かよく分からないけどちょっと怖い人」扱いです。実際、鬼教官の面もあるので間違ってはいないwテティスにとっては「ちょっと怖い感じだけど大好きなパパ」的存在…「パパ」?
 今回はネタに悩んでいたのですが、主催のはるか様からのお題でこの話を思いつきました。
 昨年の作品はこちら。『盛夏の祝祭』https://www.pixiv.net/novel/show.php?id=22712899
 はるか様、今年も素敵な企画を開催いただき、ありがとうございました!


『あなたに甘い花束を』

 とある夏の海界の早朝。
 海将軍筆頭・海龍カノンの執務室の前で、十三歳の海馬(シーホース)のバイアンと十二歳のスキュラのイオは、十歳の人魚姫(マーメイド)のテティスがガラス製の一輪差しにルドベキアの花を入れて抱えているのに出くわした。ルドベキアは焦げ茶色の花芯に黄色の花弁が放射状についた、小型のヒマワリを思わせる夏らしい華やかな花である。
「あ、バイアン様、イオ様!おはようございます!」
 金色の巻き毛を揺らして、テティスが勢いよく二人に挨拶する。長いワンピース型のチュニックと呼ばれる薄紅色の衣装を着たテティスが、チュニックの裳裾と黄金色の巻き髪を揺らめかせて歩いていると、人魚姫というより「金魚の国の小さなお姫様」を連想するバイアンとイオだった。
「おはよう、テティス」
「おはよう、君も早いね」
 こちらは男性用で、膝丈までで半袖のチュニックを着たバイアンとイオが、明るくテティスに挨拶を返した。海界に集って海皇ポセイドンに仕えるニンフたちは、「白い女神」レウコテアのもと、海界の中心都市ポセイドニアにある「白の館」で共同生活をしている。そのニンフたちの中でも最も新しく誕生したテティスは、ニンフたちにとっては一番末の妹娘だった。そして海将軍として海界に召喚されたバイアンとイオにとっても、明るくて元気なテティスは可愛い妹のような存在となっていた。
「テティス、その花はどうしたの?」
 ガラスの一輪差しに差された黄色いルドベキアの花を見て、バイアンがテティスに尋ねる。
「はい!シードラゴン様の執務室の机に飾ろうと思って!」
 バイアンの問いに、元気よくテティスが答えた。
「暑い日が続くし、ちょっとでもお部屋が気持ちよくなったらいいかな…って。それで、シードラゴン様の机に毎日、お花を飾ることにしたんです」
「ああ。最近、花が執務机に飾ってあるな?と思ったら…。あれはテティスが飾ってくれてたのか」
「はい!」
 バイアンに明るく答えたテティスだが、そのあと、しょぼーんとした表情になって視線を落とした。
「でも、暑いからお花を飾っても一日で萎れてしまうんです。だから毎日お花を変えないといけないのだけど、『白の館』の中庭のお花も夏だから少なくて、あまりたくさん摘むわけにはいかないから…。これからお花をどうしようかなって…」
 市場でお花を買うのは高いし、そんなにお小遣いもたくさんもらってないし…とテティスが沈んだ表情で困ったように呟く。
「え〜?でもシードラゴンは花なんか気にしてないから、別になくても問題な…って!」
 無神経なイオの発言を、バイアンは彼の頭を軽く一発はたくことで封じた。
「なにするんだよ、バイアン!?」
「そ、それなら生花じゃなくて、造花を飾ったらいいんじゃないかな?紙とか布とかで、テティスがお花を作ってさ!」
 理解の悪い同僚の抗議を無視して、慌てたバイアンがテティスに提案して場の空気を取り繕った。
「お花を作る…私が?」
 バイアンの提案に、意表を突かれたテティスが瞳を大きく開く。
「そう!テティスが心を込めて作ってくれた造花なら、紙製でも布製でも、シードラゴンは喜んでくれると思うよ?」
「う〜ん…」
 バイアンの提案をしばらく考えていたテティスだが、やがて何かを思い付いたようで、顔を上げると「ぱあああっ」と明るい笑顔を見せた。
「うん!私、お花を作ります!アイスクリームで!」
「ア、アイスクリーム…?」
 思わぬ材料を挙げられてバイアンが戸惑う。
「はい!この前、お姉様たちがケーキを作ってくれましたよね?クリームで作られたお花が上に飾ってあって、とっても綺麗でおいしくて…!私もあんなのを作って、シードラゴン様にあげます!」
 自分の思い付きがよほど嬉しかったらしく、大きな青い瞳をキラキラと輝かせてテティスが言う。
「暑いから、アイスクリームのお花だったら、シードラゴン様も冷たくて甘くて、きっと喜んでくれると思うのです!」
「え…?でもあの時のケーキの花はバタークリーム製で、季節もまだ涼しいころだったし、今の時期でアイスクリームは…」
 と、バイアンが口を挟んだのだが、隣にいるイオは同僚の言葉と同時に大声で大賛成の声を上げて、バイアンの声はかき消されてた。
「いいね!アイスクリームの花!私も食べたい!」
 ノリノリでイオがテティスの発想に前のめりになる。
「嬉しい!イオ様も一緒に作ります?」
「うん、作る作る!私も手伝う!」
「わ〜い!それじゃあ、さっそくお姉様たちに作り方を教えてもらいます!」
「うん!」
 そしてカノンの執務机の上に花瓶を置いたあと、テティスとイオは一緒に連れだって楽しそうに執務室を後にしていった。
「い、いいのかな〜…?」
 同僚と可愛い妹分の後姿を見送りながら、バイアンは呟くのだった。

「…それで?」
 ぐすぐすと涙ぐむテティスにカノンが尋ねた。彼の前では、赤色と白色と黄色のクリームのどろっとした沼がガラス器に入れられた状態で、執務机の上に置かれている。
「そ、それで、お姉様たちとイオ様と、一緒にアイスクリームでお花の束を作ったんです。お姉様たちが氷を作ってくれて、それで冷やして…」
 美しい青い瞳ににじむ涙をぬぐいながら、テティスが懸命にカノンに説明する。
「そ、それで、シードラゴン様に午後のおやつの時間に食べてもらおうと思って…氷と一緒に箱に詰めて持って来たのに…。シ、シードラゴン様の会議の時間が長引いて…終わるのを待ってたら…そ、その間に溶けちゃって…」
 そこでどっとテティスの涙が瞳からあふれ出した。
「わーん!ご、ごめんなさーい、シードラゴン様!アイスクリーム…溶けちゃったーっ!」
 テティスが勢いよく泣き出したのにつられたかのように、彼女の隣で一緒に落ち込んでいたイオまで涙ぐみ始めた。
「ご、ごめんなさい、シードラゴン…」
 十二歳の少年と十歳の少女が二人して声を合わせて泣きじゃくる実にうるさい合唱に、カノンはうんざりとした顔になった。
「あ、あの、シードラゴン、二人を叱らないで…」
 カノンが不機嫌になるのを感じ取ったバイアンが、上司をなだめようと口を出す。だがカノンはバイアンの仲裁を手で制し、目の前にあったスプーンを手にすると、ガラス器に入ったクリームの沼をすくって自分の口に入れた。
「…まあ、食えないことはない」
 暑さで溶けて、どろどろとした沼と小さな小山に変わってしまったアイスクリームを食べ、カノンが感想を述べる。
「ほ、本当ですか、シードラゴン様?」
 涙をぬぐいながらテティスがカノンを見上げた。
「ああ。ほど良い甘さで、それなりに美味い」
 二口目の溶けたアイスクリームを食べてカノンが言う。
「何ならお前も食ってみるか?」
 カノンはそのままスプーンでクリームをすくうと、テティスの口に入れてやった。
「な、美味いだろ?」
「…お、おいしいです…」
 涙と一緒に鼻水をすすりながら、テティスはカノンの問いに答えた。さらに追加で、テティスはカノンから二口目のクリームを食べさせてもらった。
 雛鳥に餌をやる親鳥みたいだなぁ…と、その光景を見ながらバイアンは連想した。ついでに、同じスプーンで一緒に食べてるけどいいのかなぁ…?とも思ったが、カノンもテティスもその辺は気にしていないらしい。父親が娘に「あーん」してやっているのと同じ感覚なのだろう。
「あ、ずるい!私も食べたい!」
 テティスがカノンからアイスクリームを食べさせてもらっているのを見て、カノンが怒っていないと知ったイオは機嫌を瞬時に取り直した。そしていけしゃあしゃあと、自分にもアイスクリームの分け前をよこせと要求し始めた。そもそも、そのアイスクリームはカノンのために作ったものなのだが、そこは都合よく忘れているらしい。
 だがイオの要求に、カノンは眉をひそめて答えた。
「…食いたいなら、まず自分用のスプーンを持ってこい」
「はーい!」
 カノンに言われたイオは、厨房にまで自分用のスプーンを取るために素直に執務室を出ていった。その後ろ姿は足取りも軽やかで、うきうきと弾んでいる。
 シードラゴンは、イオにまでは親代わりとして「あーん」してやるつもりはないのだな…とバイアンは判断した。
「何だ、バイアン?お前も食いたいのか?」
「いえ、いいです」
 じっと自分とテティスの様子を観察していたバイアンの姿に、カノンがいぶかしげに問うと、バイアンはそう即答した。
 その間にも、カノンはテティスに「あーん」で、溶けたアイスクリームを食べさせてやっていた。明らかにカノンが食べた量よりテティスが食べている量の方が多い。繰り返すが、その「元・アイスクリーム製の花束」は、カノンのために作られたものである。
「シ、シードラゴン様、怒ってないですか?」
「怒ってない」
「ほ、本当ですか?」
「本当だ」
 こんなことでいちいち怒るほどおれは暇ではない、とカノンは心の中で思った。なのに時間を割いて泣いている小さな女の子をなだめてやらないといけないのだから、「子育てって面倒くせぇな…」と内心ではうんざりするカノンであった。それでも彼はその考えを表情には出さず、真面目な顔で幼い人魚姫に付き合ってやるのだった。
「いちいち花を飾るとか、そんなにお前が気を使う必要はない」
「でも私…シードラゴン様に喜んでもらいたいです…」
 カノンに溶けたアイスクリームを食べさせてもらって機嫌を治したテティスだが、まだまだ「カノンの執務机に花を飾る」ことをあきらめていなかった。
「あ!そうだ!私、今度は布でお花を作ってみます!」
 改めてそう意気込んだテティスに対し、カノンは少し黙考した後、こう答えた。
「…うん、まあ、好きにしろ」
「はーい!」
 機嫌を治して笑顔になったテティスの頭を、カノンが撫でてやる。カノンの掌の動きに合わせて、テティスの黄金の髪がふわふわと揺れた。小さな人魚姫は、嬉しそうな、そして少し誇らしそうな顔で、カノンに笑いかけていた。
 そしてイオが自分用のスプーンを手に厨房から戻ってきた時には、ガラス器の中にあったクリームの沼たまりは、ほとんどテティスの胃の中にと消えていたのだった。

<FIN>

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